肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

31歳のとき  フィリピンで空手の稽古をすることになった 2

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31歳のとき フィリピンで空手の稽古をすることになった 1 - 肉が行って魚が来る ຊີ້ນໄປ ປາມາの続きです。

事前にフィリピン行きの航空券を手配するとともに、
ディヤーナ国際学園への入金を済ませておきました。

日本の空港で禅道会の先生方と合流し、チェックインを済ませて搭乗。

機内では先生と世間話をしながら色々とカウンセリングをしていただき、
これからの人生に対する心構えやフィリピンでの生活について話をしていただきました。

話し込んでいたらあっという間にフィリピンの空港に到着。

フィリピンの首都マニラから2時間ほど車で移動し、ラグーナ州カブヤオという地区にある寮まで連れて行っていただきました。

到着したその日はゆっくりと休ませていただきました。

翌日から道場で練習の開始です。

朝は基礎体力をつけるためのトレーニングが中心。

うろ覚えですが、

  1. なわとび 3分×3ラウンド
  2. ストレッチ
  3. シャドー 3分×3ラウンド
  4. 腹筋・背筋・腕立て
    最初はこれらを30回×3セットからスタート。
    慣れていくにつれて回数を増やしていきました。
  5. 鉄棒にぶらさがって懸垂
    補助していただいて10回×3セットからスタート。
  6. ウォーキング 30分~1時間程度
  7. 整理シャドー 3分×3ラウンド
  8. ストレッチ

雨が降ってウォーキングができない場合や、指導員の判断によって時々メニューの内容を変更することがありました。


自分は運動が得意ではありません。もともと荒んだ生活をしていて運動から遠ざかっていたもの事実です。

なわとびって簡単だと思っていたのですが、実際は何回もひっかかるし上手に跳べなくて心の中では「イヤだ、やめたい」の大合唱をしていました。

ひっかかっても、その都度やり直ししていけば徐々にできるようになってきたのでそこは適応することができたのかなと思います。

懸垂がとてもきつくて自分で自分の体重を持ち上げることもできませんでした。

最初はぶらさがっているだけで身体のあちこちが痛くなりました。

フィリピンには3カ月ほど滞在したものの、結局自分ひとりで懸垂をすることはできませんでした。

自重を支えるだけの筋力が無かったのと、もともとの体重が重かったのでしょうか。


朝練メニューが済んでから寮に戻ってシャワーを浴びて皆と一緒に昼食。

午後はちょっと昼寝をして身体を休めていました。

生活に慣れてくると皆でジプニーという乗り物で買い物に出たり、
通称 SMと呼ばれるショッピングモールへ行ったりしていました。

指導員の方は、現地の少年部での空手指導も担当していました。

その時間、自分は休ませていただいて自由に時間を使うことができました。


夜は空手の稽古です。

礼法から始まり、ストレッチ
基本稽古
移動稽古
ミット打ち
マススパーリング
礼法で終わり

内容は日本の道場でやっている禅道会の稽古と同じだと言われました。

だいたい2時間くらいですが、やはり最初のころは練習についていくだけで精一杯でした。

基本稽古・移動稽古共に動きに合わせて呼吸をし、声を出すというのは何回もやっていくうちに身体にいいなという印象を持ちました。

苦戦したのは、身体がカタイため蹴りで足が上がらなかったこととか、
ミット打ちやマススパーリングでラウンド数が進むと息が上がってしまうことでした。

週に一度は休みの日がありましたが、このような感じで朝と晩は必ず運動をする生活をするようになり、時間をかけていくことで徐々に慣れていく感覚を身に付けることができました。

最初のころは筋肉痛や身体のダルさなどが抜けない時期がありました。
朝と夜のメニューをこなすだけで結構きつかったように感じています。

朝起きるのが辛いなと感じたことは何回かありますが、
それでも喰らいついていかないといけないという一心でついていきました。


今日はこの辺で

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