肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

精神疾患で頭の思考回路が誤作動

離婚後は心身のバランスを大きく崩していました。

会社に休職を相談したところ、復帰の時期について折り合いがつかなかったことから、退職をしました。

確かに、とても仕事にいけるような精神状態ではないほど気が狂っていました。

精神疾患で休職させてもらえるような企業は優良企業だと思いますし、

世の中には自分が働いていた会社のように、復帰の時期が読めないなら休職は認められないということで意見が合わない企業も多々あるのかなと、そんな気がしました。


当時の心境を振り返ります。


普段は家で静養しながら精神科の定期通院のときは外出する生活をしていました。

今で言うニートと同じです。

改めて社会復帰について考えながら、いざ求人誌を目にすると文字は読めるのに、なぜか情報の中身が頭に入ってこないということがありました。

子供に会いたいと強く思いながら、自分が子供に会うことが果たして子供のためになるのだろうか?ひょっとしたら邪魔な存在なだけだったのでは?と思うことがありました。

ですので、会いたいという気持ちは抱えつつ、子供のことは諦めないといけない
それが離婚と言うものだと納得せざるを得ない状況になっていました。


何かについて考えれば考えるほど、深みに落ちていくようで頭の思考回路は誤作動していました。

今、思うとテレビや新聞を見ることもなくなり、何があっても感情が出てこなくなり笑うことも一切無くなっていました。

自分がこれから生きる意味や目的を見失っていました。

多くの人が人生の色んな場面で挫折をしては「死にたい」と思うことは一度や二度くらいはあることでしょう。

自分は精神疾患になっていて、家の台所で出刃包丁を見たとき「これを腹に刺して思い切り引けば切腹になるのだろうか?」などと本気で考えていました。

恐怖のあまり実行はしませんでしたが・・・。

それでも常に自分なんか世の中にいない方がいい、価値のない人間だと思っていました。

やはり正常な判断はできなくなっていたので、このような心境で社会に出て働くなんていうのは到底無理だったと、こうしてブログを書きながら改めて思う次第です。

人生でここまでの暗黒時代は初めてのことで、先の見えない真っ暗なトンネルに迷い込んでしまった心境でした。


以下、当方の勝手な意見ですが、

経済的に裕福で教育熱心な両親のもとに生まれて、何不自由なく愛情とお金をかけてもらって大学まで出してもらい、その後は企業に就職して一度も挫折もないまま人生を送る人は一定数いることでしょう。

「普通の家庭に生まれて、普通の会社に就職して、普通の人生を歩んでいく」
それがどれだけ難しいことか・・・・

私はそういう境遇ではありません。

多くの人は、自分が生まれてきた人生を普通だと思い、
それを基準にして他人を見るわけですから、

違う立場の方が見たら私の境遇はもう「ありえない」と解釈されても仕方がありません。

自分などもはや生まれてきた意味さえ分からない、生きていることで社会にとって得かどうかも分からないような、そのくらいの存在だと思っています。

このブログは過去の人生を綴ることで、心の問題を整理し、
今後の人生がより良くなるよう自分の心と向かい合うために残しています。

公開範囲を自分のみとせずに、すべての人に公開としているのは
周囲にいる友人・知人たちに読んでいただきたいという気持ちがあるからです。

もしも、気分を害される方がいたら読者登録を解除してブラウザバックすることをお勧めします。


この先あと100年経ったら、今生きている人間はほとんど皆入れ替わっていることでしょう。

もしかして、今日生まれたばかりの赤ちゃんでも100年後には存在していないかも知れません。

それだったら、人生を終わるときに「あ~幸せだったな、生まれてきて良かった」
と最終的に思えるようなものであれば、それでいいのかなと思います。

バカボンのパパだって言っているじゃないですか。

「これでいいのだ」と。

バカボンの歌でもあるじゃないですか。

「西から上ったお日様が東へ沈む」と。


社会や他人から生きている意味、価値がないと思われたとしても、
自分が思ったような人生を歩んでそれで終わればいいと考えています。


今日はこの辺で

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