肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

30歳のとき 離婚後 心身ともに壊れた

このブログは過去の人生を綴ることで、心の問題を整理し、
今後の人生がより良くなるよう自分の心と向かい合うために残しています。

自分のみとせずに、公開設定にしているのは周囲にいる友人・知人たちに読んでいただきたいという気持ちがあるからです。

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以下、本題となります。


今からおよそ10年前、子供が2歳くらいの時期に離婚をしました。


鬼嫁との縁が切れたことで、心がほっとしたのは事実です。

同時に姑との同居で確執があり心の体力を大きく消耗していたこと、
もともと子供とあまり触れ合いが持てなかったことで心が壊れる寸前でもありました。

このとき私の心を占領していたのは別れた相手を憎む気持ちでした。


「そもそも最初から出会わなければ良かった、出会ったことを後悔」

「好きだ、付き合おうと言ったことを後悔」

「結婚する前から暴言はあったので、そのときに引き返しておくべきだった」

「元気な子供が生まれてくれば、旦那など不要だと言われて憎い」

精子だけ提供すれば、あとは要らない存在だったのか」

「好きでもないのに、俺が額に汗して働いて稼いだお金を使い込んでいたのか」

こんな感じで相手に対する憎しみはどんどん大きくなる一方でした。



自分は男なので、離婚で子供を引き取った女の人の気持ちは分かりません。

しかし、離婚で子供の親権を取られた男の人の気持ちは理解しているつもりです。


こうやって離婚騒動を経て、心身ともに大きく消耗していた時期に
それまで通り仕事に行って同じ結果を出すことが難しくなっていきました。


離婚騒動で揉めて、尚且つそれで仕事にも行くなんて
これは経験者にしか分からないことですが、とても大変な試練だと感じました。

今になって言えることですが、この時期は正常な思考ができていなかったと思います。


姑との同居に耐え切れなくなってから、私は実家に戻って暮らしていましたが、

徐々に睡眠障害がひどくなっていき、仕事の途中で呼吸が苦しくなるなど
精神的にも支障をきたすようになっていったことから、私は精神科を受診し、
診断書を書いていただいて一定期間の休職を会社に相談しました。


私:「休職させていただきたいのですが」

社長:「休職はいいけど、その後必ず戻ってこれるという約束はできるの?」

私:「それは何とも言えません」

社長:「休職して、その後辞められると会社としては損害」

私:「先のことは分かりません」

社長:「どのくらいの期間休むつもり?」

私:「状態が良くなるまでです。具体的にこのくらいって言うのは難しいです」

社長:「それだと困るんだよなぁ。15人という少ない従業員でやっているからさ、代わりの人間がいないんだよ」

私:「じゃ、休職はダメということですか?」

社長:「例えば、ケガをして具体的に全治何カ月とか・・・最初から期間が読めるならいいけど。あなたの場合は違うでしょ?目に見えないものでしょ?」

私:「それは治療していく中で徐々に分かってくることであって、今から全治何カ月とかは分かりません」

社長:「困るんだよなぁ」

私:「折り合いがつかないですね」

社長:「仮に休んだとして、復帰できるかどうかなんだよ。また今までどおりに働いてくれるっていう確約があるならいいんだけど」

社長:「実はさ、この前本社には労働基準監督署がいきなり来てさ、全員のタイムカードをひっくり返されて、労働時間を是正しろとかで指導されて」

私:「私だけでも、一か月の残業が150時間くらいでした。他の社員の方ももっと働いているでしょうし、これが何カ月も続いていればそれは指導されると思います。また同じだけ働けって言われてもそれはそれで問題というか困るのですが」

社長:「話が合わないね。会社は仕事をしてお金を稼ぐ場所。」

私:「自分には合う仕事ですし、他の皆のことも好きですが、労働時間のことや休職を認めていただけないっていうことでしたら、やはり休職ではなく、退職しかないです。」

社長:「それしかないか」


このような流れで、休職を申し出たところ話の折り合いがつかなかったので
退職することになりました。

これで私は仕事と家庭を失いました。


仕事や家庭を両立できなかった自分が悪いのです。仕方がありません。


こうして、家で療養しながら今後の生活を考えるようになったのです。


今日はこの辺で

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