肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

30歳のとき 離婚が成立

家庭裁判所から呼び出し状をもらったので、調停に出席しました。

第一回目は本当に離婚したいのか、やり直せる部分があるのかについて
調停委員から聞かれました。

ここに関しては、お互いに離婚したいという気持ちで一致していました。

一回目がここで終わり、二回目は子供の親権や養育費について話し合う予定で話がつきました。


二回目の期日を待っているとき、再び裁判所から手紙がきて、中身を読んだら相手方が調停そのものを取り下げたことを知らされました。

調停は申し立ても取り下げも自由にできるのです。強制力はないので欠席しても問題はないそうです。

第一回目の調停では、口頭で離婚について合意はできていましたが、

相手方が調停を取り下げてしまったために、具体的な話し合いは何もできずに
そのまま終わりました。

おそらく、第一回目の調停が済んだ時点で、
相手方が離婚届に記入してそのまま役場へ提出したのでしょう。

私はこれで、肩の荷が降りてとても楽な気分になったことを今でも覚えています。


二人が結婚して元気な子供さえ生まれてくれれば
あとは旦那なんか用なしだってことを、この結婚生活で身を持って思い知らされました。

「旦那なんかATM」「元気な子供さえ生まれてくれば、もう旦那などいらない」

こんなことを平気で言ってしまうような女の人は、結婚なんかしなくても
精子バンクに登録して、それで子供を生めばいいと思いました。


今日はこの辺で

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