肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

29歳のとき 姑と同居したら大バトルが勃発した 1

前回の続きです。

前回の記事はコチラ

29歳のとき 夫婦関係に亀裂 - 肉が行って魚が来る ຊີ້ນໄປ ປາມາ


同じアパートで壁一枚隔てた部屋に姑が寝泊まりするという生活が始まりました。

私達夫婦の間に生まれてきた子供のことをすごく可愛がってくれたり、栄養満点の美味しい食事を作ってくれたこともあったので、感謝している部分はそれなりにありました。

実際に身の回りのことで助けていただいた部分は色々とありました。

ただ、どうしても許すことができなかったのは、
姑がアムウェイや他のネットワークビジネスの狂信者になってしまい、もはや誰の意見も聞かなくなってしまったことです。

まずは台所にあるものがどんどんアムウェイ製品に変えられてしまいました。
例えば、鍋やフライパン、IHクッキングヒーター、食器用洗剤などいろいろです。

自分たち夫婦で暮らしていた頃、布団やまくら、シーツなどは「お値段以上~」のお店で買ってきたような数万円程度のものを充分満足して使っていました。

ところが、姑の判断でいつの間にかその布団はゴミとして捨てられてしまい、

姑がハマっていたネットワークビジネスの関連から購入した1組20万円(敷き布団・掛け布団のセット)が夫婦2人分=合計で40万円のものに替わっていました。

それに加えて姑が自分で使う分の布団が1組30万円ほど。

この時点で姑は70万円もの大金を散財していました。

姑の暴走は止まりません。

今度は、私の両親に電話をかけて「一緒に食事をしませんか?」と誘ったのです。

これも親戚付き合いだと思ってくれたのか、両親共に身だしなみを整え、おしゃれをして約束の日時に指定された場所で姑と合流したところ、

姑の案内で連れて行かれたのはなぜかファミリーレストラン

3人だけで食事をするのかなと思っていたところに、なぜか姑の友達(布団を売る人)が登場。

実は、実家の自営業の仕事絡みで父親が他のお客さんに言われて、この”姑の友達”と面識があったそうです。

父親は顔を合わせるなり「あ、ペテンのモノ売りじゃないか」と瞬時に察知し、

食事に手をつけることなく、その場から引き上げて帰宅したそうです。

私の両親はとても憤慨していました。「食事に行こう」と誘われて、案内された場所にペテンのモノ売りが来たからです。

私が思う常識では考えられませんでした。

私は父親と仲良く和解したつもりはありませんでしたが、「お前の嫁のお母さん、あれはとんでもない食わせ者だぞ。」と言われたとき、あまりにも情けなくて何も言い返すことができませんでした。


姑の暴走はこれで止まるわけがありませんでした。


今日はこの辺で





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