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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

29歳のとき 夫婦関係に亀裂

人生の軌跡

仕事・家庭・子育てと目が回りそうな毎日を送っていたとき、
夫婦関係に亀裂が入った決定的な出来事がありました。

自分はこれだけやっているのに、相手は何も分かってくれない
みたいなことをお互いに思い合っていたため、このような事態になってしまったのだと思います。


私としては、毎月の小遣いが1万円しかなかったので、これを増やすために仕事の出張を増やし、会社から支給される一定額の出張旅費を使って値段が安いホテルに宿泊し、その差額分を小遣いにするということを繰り返していました。

私:「小遣いをアップしてくれれば、家に早く帰るようにするけど」

奥さん:「小遣いはアップしません。」

私:「毎月1万円では足らないので、お小遣いを増やすためにもっと出張するから」

こんな感じでお互いの溝は埋まることなく、深まっていく一方でした。

もはや夫婦で冷戦のような状態となり、お互いに根比べのような状況になってしまいました。


奥さんは子育てに参加しない旦那に対して冷めていたのでしょうか?

子育てを手伝いたいと言ったら、「あなたは家事専門、子供に触れることは私が全部やる」と言い返されていましたし・・・本人の心境はどうだったのでしょうか?


夫婦で膠着状態が続いていたのですが、変化が起きたのは、私のボーナスが支給された日のこと。

あの日の悔しさや屈辱と言ったら、10年以上経過した今でも忘れることはありません。

ボーナスが支給された月は、毎月の給料+ボーナスなので
だいたい80万近い金額が振り込まれていました。


この日、奥さんは仕事で有給を取ってまで銀行に駆け込み、
私に振り込まれた給料を全額下ろしてしまいました。

なんと
そのお金を使い、私に黙って新しいアパートを契約し、新しい家具や家電を買い、
引越しの段取りまで済ませるのにほとんどを使い切ってしまったのです。

一週間の出張を終えて、帰宅したときに
奥さん:「あなたのボーナスを使って新しいアパートを契約したから引っ越すことになったのでよろしく」と一方的に告げられました。

私:「は?冗談じゃねぇぞ」

奥さん:「私の両親が離婚しちゃったのね。それでお母さんが住める場所がないから、同居してもらおうと思って。お母さんはお金に余裕がないし、生活費を圧縮する意味もあって」

私:「そんな重要なことをお前とお母さんで勝手に決めちゃったわけ?俺の意見は?俺が稼いだボーナスなんだけど・・・・」

奥さん:「家事をしない人は何を言ってもだめ」

私:「もしも、俺が反対のことをしたら、自分は大激怒するくせに・・・そういうことを勝手に平気でするんだな。俺には何の相談もなく。」

奥さん:「もう、何を言っても遅いの」

私:「それはないだろう?ちょっと契約書を貸せよ」と言って

契約書を持って、不動産屋にBダッシュで駆け込みました。


不動産屋にて

私:「この契約ってクーリングオフできませんか?」

不動産屋:「それはできません」

私:「なぜですか?」

不動産屋:「クーリングオフというのは、訪問販売で何かの商品を買ってしまった人が、頭を冷やして考え直すための制度のことを言います。あなたの場合は、不動産の賃貸契約ですし、しかも奥様の名義になっているので、いくらご主人だからと言っても解約はできないのです。」

私:(白目)

私:「すみません、この契約をするときって私の妻とそのお母さんが二人で来ていたと思いますが、どちらが話の主導権を握っていましたか?」

不動産屋:「お母さんが主になって話を進められました。」

不動産屋:「奥様は国家公務員なんですよね?審査のほうは奥様の名前であっさりと通りましたので、こちらとしては大歓迎なのですが」

私:「白目」


自分が仕事を頑張ってボーナスをいただいたのに、一回も手に触れることなく、

奥さんの力技によって、ほとんどのお金が使われてしまい新しい物件への引っ越しを余儀なくされてしまいました。


最も精神的にキツかったのは、
新しいアパートだというのに自分は四畳半の部屋に押し込まれ、その隣には姑の部屋が八畳間という間取りで、何とも耐えられない環境になってしまったことでした。

壁一枚隔てた向こう側に姑がいるのです。

これは精神的に追い込まれるきっかけになりました。

もはやアパートが寛げる場所ではなかったからです。

同居が決まってから、表札に書かれる家族の名前は
一番上が奥さんの名前、
二番目に姑が、
三番目に私、
四番目に子供

こんな順番で掲げられていました。


引っ越しした場所では、地元自治会への加入が契約条件に入っていたのですが、

自治会の名簿も、私の名前では無くて奥さんの名前が世帯主として登録されていました。


このような流れを経て、男尊女卑ではなく、女尊男卑の家庭が誕生し、

この後は、姑と私の間で壮絶なバトルが繰り広げられることになったのです。


今日はこの辺で


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