肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

28歳のとき 家庭内予選 2

家庭内予選の2ラウンド目について綴ります。

奥さんは妊娠中でしたので、子供が生まれた後の生活について色々と想像をしていたようです。

ファミリーカーを新車で購入し、ローンの支払いが発生しただけでも
生活費が圧迫されているというときに、

今度は部屋の間取りについてバトルが始まりました。

結婚前から同棲していたアパートの間取りは2DK。
結婚して妊娠が分かってからも同じ部屋に住んでいました。

奥さん:「子供が生まれると部屋が狭くなるかな?」

私:「いやいや、これだけあれば充分でしょ?問題ないよ」

奥さん:「引っ越したいな」

私:「そんなお金、どこにあるの?また敷金、礼金かかるじゃん。」

奥さん:「やりくりすれば大丈夫だから」

またしても口論の無限ループですwww


当時、自分が働いて稼いだ給料に関しては、
振り込みがされたその日のうちに奥さんが全額下ろして
本人が管理している口座に入金するという形が取られていました。

私自身は奥さんが持っている銀行口座やお金の管理に関しては
一切、タッチせず全て任せていましたし、

家計の流れを把握するために家計簿をつけるように言ったことがあるのですが、
そういうことは必要ないと言われて却下されてしまいました。

私は営業職兼メンテナンス要員として宿泊を伴った出張が多かったため、
家計に関してはどうしても奥さんに任せないと生活を回していけない部分があったのです。

出張が続いて、一週間の仕事を終えて帰宅したとき、ずっと外食が続いていたのでたまには家で手作りの料理が食べたいなと感じることがあるじゃないですか

奥さんは妊娠中、なおかつ国家公務員として働きに出ている立場。

要するに「疲れてしんどいから食事の支度などしたくない」と言っていました。

奥さんは自分一人が食べる分だけはさっさと適当に手作りしていたみたいですが、

出張から何時に帰宅するのか分からないような私に関しては、外で買っておいた弁当を食べなさいと言われていました。

キツかったのは出張して帰ってくるとテーブルに冷めたコンビニ弁当が置かれているのが当たり前になり、

給料日のときは、その弁当の上に自由に使えるお小遣いとして1万円札が1枚だけそのままポツーンと置かれているというのが定番になったこと。


私:「食事を一人分だけ作っているってどういうこと?材料を増やすだけで二人分になるんだけど」

奥さん:「面倒だから一人分だけでいい」

私:「多めに作っておいて、俺の分として残してラップでもかけておいてくれれば弁当を買うことはないと思う。それで出費も減らせるよね。出張から戻ってくるときは手作りの料理が食べたいと思いながら運転して帰ってきているんだけど」

奥さん:「いや、このままでいい。文句あるなら自分で作ればいいじゃん」

私:「じゃ、夜中の寝ている時間帯に帰ってきて台所でガチャガチャ音を立ててもいいわけね。それでいいなら自分で作るよ(怒) で、お小遣いのことなんだけど 1万円札がそのまま置かれているってどういうこと?せめて封筒に入れておくとかしないの?俺のこと低く見てバカにしてるだろ?あと一か月の小遣いが1万円って少ないよ。せめて3万円はほしい」

奥さん:「どうせすぐに財布に入れるんだから封筒に入れる必要は無いの。封筒なんかどうせゴミでしょ?で、お小遣いはアップしません。車を買った関係でローンの支払いに充てたから」

私:「だから高額なローンで車を買うのは反対だった。最初から俺の小遣いを減らすつもりだったのか」

奥さん:「当たり前でしょ、そんなの。生まれてくる子供のためなの」

私:「もういいわ。しゃべりたくない」


このやり取りがあってから、奥さんに対する接し方を変えていくことにしました。

妊娠中にも関わらず、相手に対する気持ちはどんどん冷めていきました。


まず、問題だったのは一か月の小遣いが1万円しか無かったこと。
そして、私を蔑んでいたこと。相談ではなく一方的に強引に話を進める態度がどうしても受け入れられなかったのです。

もはや夫婦関係ではなく、王様と奴隷のような主従関係になっていました。

奥さん自身がお父さんとの関係ですごく虐げられて育ち、
お父さんがお母さんをアゴでコキ使うような家庭環境だったため、

「男が威張る家庭にはしたくない」とでも決意していたのでしょうか
その象徴として、こちらの意見には耳を貸すことなく強引に物事を進めていたのかも知れません。

お父さんに対する積年の恨みを、私にぶつけて晴らしていた部分はあったと思います。私はサンドバックのように恨みをぶつけられる対象でもあったのです。

だからこそ、お父さんに勝つと言う意味で猛勉強して法学部に入って法律の知識で武装して、試験を突破して国家公務員という仕事に就いたのでしょう。



小遣いの話に戻ります。

たまたま、会社の役員の方と話す機会があったので、
出張旅費の規定についてどんな扱いになっているのかを確認しました。


私:「宿泊を伴った出張の場合、ホテル代は一定額まで支給されることが決まっていますよね?例えば、値段が安いホテルに泊まった場合、その差額分は自分のお小遣いにしても大丈夫なんですか?それならもっと多く出張しますし、ゆくゆくは営業成績につながると思うのですが」

役員:「営業のために飛び回るなら大いにやってくれ。それは認めよう。」


役員の方にも認めていただいたということで、私は自分の小遣いを増やすために
一か月の半分以上は必ず出張に出る前提で仕事の予定を立てることにしました。

実際 宿泊出張をすることでより遠くまで行けるようになり、多くの企業を相手に訪問をすることで仕事の受注を増やすことに成功しました。

自分はこれでお小遣いがアップ。(一か月1万円→4~5万円になりました)

会社は注文が増えて売上アップ。

私が仕事を頑張ることで困る人はいなかったのです。


普通、多くのサラリーマンは金曜日の夜にタイムカードを押すと「これで家に帰れる、ほっとする」などと考えるようですが、

私の場合、小遣いは1万円しかもらえないわ、出張から家に戻ってもコンビニの弁当しか出てこないわで家に帰るのをためらうようになりました。

金曜日の夜は「うわぁ、家に帰らないといけないのか」と激しく憂鬱な気分になったことを今でも覚えています。

おそらく、サラリーマンの帰宅拒否症だったと思います。


宿泊出張を口実に、帰宅しないことが増えたので奥さんは不満を募らせていました。

奥さん:「仕事が忙しいのはいいけど、家には帰ってこないのね」

私:「小遣いアップすれば、出張は減らすけど?」

奥さん:「小遣いはアップしません」

私:「じゃ、家には帰りません。自分の分だけ食事を作って、旦那はコンビニ弁当ってどうかしてるぞ」

奥さん:「私は変わりません」

私:「じゃ、俺も変わりません」

双方に譲ることをしませんでした。


何か1つ言えば、100くらいになって言い返されることは分かっていたので、
この人を相手に何かを相談するのはもうやめようと思っていました。



今日はこの辺で

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