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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

26歳のとき  ボランティアで知り合った女性とお付き合い

人生の軌跡

週に一度、重心障害児に対するドーマン法のリハビリプログラムの介助ボランティアに行っていました。

そこでたまたま知り合った女性と意気投合し、仲良くなってお付き合いするようになったときの話を綴ります。


以下、本題となります。


当時は実家の自営業の仕事を手伝う傍ら、親友が家電製品の配送・設置の仕事をしていたので人手不足のときは助手としてそこの会社でアルバイトをしていました。

家や仕事場で父親と顔を合わせることが苦痛だったため、私はできる限り外に居たいと思うようになり、そのときにたまたま新聞記事でドーマン法リハビリのボランティア(以下、ボランティア)の募集が出ていたのでそれを見て行くことにしました。


ドーマン法のリハビリは、一回につき重心障害児の子のお母さんの他に3人の介助が必要でした。

それを週に5~6日、午前と午後に分けてやっていたのでお手伝いに来るのは相当な人数がいたように思います。

多くの人の協力があって成り立つことでしたので、やはりその子の持つ人徳に魅かれて集まって来る人がいたんだろうなと感じていました。

だいたい私は土曜日か日曜日の時間帯でボランティアに行っていたのですが、時間が経つにつれてお手伝いに来る人がだんだん限定されてくるようになりました。

とある主婦の方もだいたい同じような日時に来ていたのですが、ある日急な都合が入ってしまい来ることができなくなってしまったので、迷惑をかけてはいけないから代行として娘を行かせる・・・ということで 

その方の娘さんがたまたまお手伝いに来ることになったのです。

初対面であいさつをしたとき
「あ、この人と何か色んなことが起こるかも」という運命のようなものを感じました。

後から知ったのは、相手もこちらに対して同じことを思っていたようです。

そうはいっても、最初のころはリハビリの介助をやっているときにスキマ時間で適当な世間話をしていたしていただけでした。

そこのお宅にボランティアとしてくる方は他にも大勢いたわけで、
他の人と話が盛り上がることはあってもたいして気にすることはなかったのに、
この人が相手の場合は何だか気になるなと・・・そんな感じでした。

本人としては、お母さんが行けなくなったのでやむを得ず代わりに来たくらいの感覚で顔を出していただけだと言っていました。

それでも、時間をかけて何回かボランティアとして顔を合わせるうちに
なぜか娘である本人の方が来ることが多くなりました。

そもそも最初はお母さんがお手伝いで来ていたのにねぇ・・・。

顔を合わせても適当に世間話をしていただけだったのが、会話が進むにつれてお互いの考えに共通点があることが分かり、少しずつ仲良くなっていきました。

あるとき、世間話の流れから思い切って「ボランティアが終わった後、時間があったらどこかでコーヒーでも飲みながら話をしよう」と誘ってみました。

「いいですよ」と了解してもらったので、近所のファミレスでコーヒーを飲みながら二人で色々と話すことにしたのです。


自分は父親との関係に苦しんでいたこと、就職活動をしてもなかなか仕事に就けなくていることなど人生のことを色々と話しました。

相手もお父さんとの関係でとても苦しんでいたことを話してくれました。

私自身は父親から工業高校の電気科に行けとか、それ以外なら学費は出さないとか言われて育ったこと、仕事のことで苦しんでいることなども話しました。

話をしていくうちに、どうやら相手の方は大学では法学部で勉強をし、大学卒業後は国家公務員として法律関係の仕事をしていることが分かりました。

本人曰く、勤務時間外では職業を自分から言わないように徹底していたそうですが、
たまたま私とは会話の流れでそうなったから、言ったんだと・・・・。


この時以降、二人で何かと約束しては外で食事をするような仲になり、
こちらは仕事のことや今までの人生のことを話すようになりました。

相手も色々と話してくれるようになりました。

私の趣味は、楽器の生演奏を聴くこと。特に好きなのはマーチングバンドの演奏を観に行くことだと話したところ、相手も同じ趣味を持っていたことで意気投合するようになりました。

何回目か忘れましたが、ある日 食事が済んでからどこかの公園まで移動して、車の中で話し込みました。

食事してからどこかの公園に移動して夜通し車の中でおしゃべりというのが結構多かったと記憶しています。

何気ない会話から急に
私:「俺、○○さんのことが好きだよ。付き合おう」と言いました。

相手:「うん、私もそうなればいいなと思っていました」

こんな会話を経て、恋人としてお付き合いすることになりました。

私:「でも、仕事のこととか父親とのこととか色々あるからそこは何とかしなきゃいけなくて」

相手:「仕事のことは私も協力するから気にしないで。一緒に探せばいい」


それまでの人生でも誰かを好きになったことはありますし、告白もしたことがあります。何となくお付き合いした相手もいました。

今になって思えば、それはあまり真剣ではなかったのかも。


26歳のときにドーマン法のリハビリプログラムの介助ボランティアを通じて知り合ったというこの女性は、それまでの人生にないほど真剣で大切にしていきたいと思うような存在であったことは間違いありません。

生まれて初めての春が来た
そう思えるほど、日常の景色が変わって見えるくらいの瞬間でもありました。


今日はこの辺で

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