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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

25歳のとき  ひきこもるようになったきっかけは就職活動で精神的なダメージを受けたから

人生の軌跡 心の問題

数年後、実家の自営業が廃業になることが決定しました。
実家の仕事は祖父(代表取締役)が高齢のため病気で入退院を繰り返すようになったため、祖母(経理)、父親(専務)の二人で回すようになっていました。

その中で自分は再び就職活動をすることになったのですが、
生きることに挫折してしまい自宅にひきこもるようになってしまいました。

そのときのことを綴ります。


当時、自分を売り込むため正社員の職歴で盛り込もうと考えた内容は以下の通り:

だいたいこのようなことを応募書類に書き、
受ける会社によって志望動機を書き換えて書類選考に挑戦していました。

あれから15年くらい経過して現在に至っています。今 思い出しても腹が立つことが色々と起こったので、ここに投下しておきます。人によっては何とも思わないかも知れませんが、自分はどうしても根に持ってしまうといいますか、恨んでしまいます。

不採用という結果は受け入れるしかありませんが、
世の中にはひどい会社もあったんだということを言いたいだけです。

  • とある電気工事業の会社を受け、一次の書類選考に通った連絡があったので面接に伺ったところ、履歴書を見るなり「全く得がないほど無駄な人生ですね」と一蹴されました。だったら最初から書類で落としておけばいい、なぜ面接に呼んだのか?と思いました。

  • 人材紹介会社を利用し書類選考に合格した会社で二次選考として面接があると言うので伺ったところ「人材紹介会社にお金を払うのは面倒で経費削減のため、そこの会社の求職登録を解除しなさい。その上で改めて職業安定所の求人に申し込みをしてもう一回、ウチまで面接に来てくれれば採用してあげる」と言われました。こういう会社は仕事上のルールを土壇場で翻すのかと呆れてしまい、冷めてしまいました。

  • 大学すら出ていないようなバカがウチの会社に来るなんてありえないと言われました。

  • 実家の商売が廃業になると話したところ「どうせ家族がお金を使い込んでダメにしたんでしょ?」と嘲笑されました。自分が悪いことはいくら言われても仕方ないと思いますが、自分を養っていただいた仕事や祖父のことを悪く言うのはどうしても許すことができませんでした。

  • 求人情報誌を見て受けに行った会社が実はペテンの仕事をやっていて、雇う気はないけど資格の免状番号と名前だけ貸してくれと頼まれました。

  • 職業安定所から電気工事業の会社に応募。一次は書類選考なので応募書類と各資格の免状のコピーを添えて先に郵送。後日、一次で落とされて履歴書と職務経歴書は返送されたが、なぜか各資格の免状のコピーは返却されず。結局は安定所の方に相談して「それはおかしいね」という話になり、安定所から連絡をしてもらって各資格のコピーを取り返しました。


現在、私は40歳ですがこの歳になってようやく自分の気持ちを整理して言葉にすることができています。25歳のときは心で思ったことをすべて言葉にできるわけではなかったので、色々なことを言われて挫折してしまいました。

就職活動においては、どんなに立派なことを言おうが
結論として企業が選択するのは採用するのかしないのかの二択です。
これ以外の選択肢はありえません。

企業はお金を払う立場ということでどうしても「雇ってやる感」が強く出ます。
求職者など個人ですから、ちょっと息を吹きかけたらどこかに飛んで行ってしまうくらい弱い立場になってしまうことを痛感しました。

お金を払うから何を言ってもいい、何をやってもいいというのはクズの論理です。

当時の自分は起きたことを受け止められず、精神的なダメージを受けて
家の自室に引きこもるようになってしまいました。

自分の心は弱かったのだと思いますし、
目は開いていましたが、見える光景は真っ黒だったような気がします。

「仕事のため・金のため」と惜しげもなく圧迫面接をやったり
デリカシーのないことを平気で言えちゃうような人間とは相容れないことを確信しました。


今日はこの辺で

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