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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

祖母の在宅介護で思うこと

介護問題

母方の祖母と同居しています。

認知症ということで以前は介護施設で暮らしていたのですが、
毎月の経済的な負担に参ってしまったのと、本人が施設を嫌がり、
家に戻りたいという強い希望を持っていたため同居することになりました。


以前 結婚をして子供に恵まれた経験があります。

男ですから母乳をあげることはできないものの、
生まれたばかりの赤ちゃんの世話って時間に関係なく、
自らの寝食を犠牲にしてでも取りかからないといけない場面がありました。

四六時中つきっきりだった元妻は大変だったと思います。
自分はよくキレられました。

ただ、子供のことに関しては時間が経ってくるにつれて世話をする負担が軽くなっていくのが分かったため、苦しい最中でも「この先あと○年くらいの辛抱」だと考えれば、未来も見えてくるので希望を感じることができたような気がします。


状況が変わって、お年寄りの介護や身の回りの世話に関してはどうでしょうか?

同居している立場で意見を言うなら、この先あと何年このようなことが続くのだろうか?
と未来が見えない状態で暮らしています。

自分の意思で排便、排尿がうまくできなくなり
時々、部屋の中で粗相をすることがあります。

一度トイレに入ったら15分~20分くらいはこもったままになります。

履くタイプのおむつを使っているため、頻繁に交換すれば大量のゴミがでます。
(子供向けのおむつとは大きさが違うのでゴミも多くて重くなる)

トイレにいるときに途中で気を失って倒れたりしないか、何となく気にしています。
歩くときも手すりなどにつかまってゆっくりと歩かないといけません。

積極的に手を貸すことはしませんが転倒しないように後ろから見守っています。

転倒してしまったら骨折し、そのまま寝たきりになってしまうので
そこは何とか避けたいと思いながら接しています。

耳が遠いので、家にいるときはテレビのボリュームが50くらいになっているときがあります。

同じことを繰り返し何回もしゃべるようになります。

週に何回かはデイザービスを利用して
認知症がこれ以上進行しないような取り組みをしていますが、現実はなかなか厳しいです。

自分が若かったころ身内が部屋で粗相をするだとか、
おむつが必要になるだとか
介護が必要な状態になるなど想像すらしていませんでした。

正直、笑っていた部分もあります。

しかし、現実に直面してみたところ全然笑うことはできません。

いずれは両親や自分自身が通る道になるかも知れないと思うと、
むしろ恐怖感のほうが先立ってしまいます。

未来のことを考えすぎて、憂鬱になってしまうのは日本人の良くない性格かも
知れませんね。

祖母や両親は、我々の世代がいるのでまだマシだと思います。

自分がそのくらいの年齢になったら、どうしよう。
誰か世話してくれる人はいるの?そんなお金ないでしょ?

もしもこのような立場になって家族に迷惑をかけるくらいなら、
いっそのこと安楽死でもできたらいいなとか、
あの世に逝ってしまったほうが楽なんじゃないのかと思ってしまいます。

盛者必衰のことわりをあらわす
という言葉があるように
若い時代は永遠に続くことはなく、
誰もが皆いずれ衰えるという意味を感じずにはいられません。


今日はこの辺で

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