肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

3.11 東北で震災が起きた時 ラオスで募金活動をした話

6年前の震災のとき、私はラオスで暮らしていました。

当時、多くのラオス人たちが募金活動に協力してくれたことに対して改めて感謝したいということでこの記事を投稿します。

翻訳者として、このくらいは現地語でも表現しておきたいなと考えたので、
簡単に書いてみました。

知らない方が見たら模様のような象形文字みたいな形ですが、これもれっきとした言語ですので、何となく空気を掴んでいただければ幸いです。

以下、本題となります。



2011年3月11日、日本の東北地方では大きな地震がありました。

当時、私はラオス国立大学内にある外国人向けのラオス語の基礎クラスで勉強しており、
日本で被災してしまった方々のために他の日本人学生たちと協力し合って募金活動に取り組みました。

私たち日本人学生がとても驚いたのは、多くのラオス人たちが一人あたり50,000kipから100,000kipもの大金を募金してくださったことです 。

(多くのラオス人は募金箱の前で手を合わせて被災者の方に対し、黙祷を捧げてから募金をしてくれました。)

(ラオスで働く多くの人たちの給料に換算すると1日か2日分の日当に相当する金額。日本人でいうなら、アルバイトで稼ぐ日当が1日8,000円くらいだと仮定すると、やはり1日分か2日分の価値に相当します。)

これは、日本政府が長い年月をかけてラオスに対して援助してきたことに対する感謝の気持ちと被災者に対する励ましの意味だということを感じました。

ゆえに、私はラオス国立大学を卒業したら
ラオスが発展するように日本との架け橋になるような翻訳者の仕事をしたいと考えたのです。


以下、意訳をラオス語で書きます。

ວັນທີ11ເດືອນ3ປີ2011ທີ່ຜ່ານມາໄດ້ເກີດມີແຜ່ນດິນໄຫວຢູ່ທິດຕາເວັນອອກສ່ຽງເໜືອຂອງປະເທດຍີ່ປຸ່ນ. ໃນເວລານັ້ນ, ຂ້າພະເຈົ້າກຳລັງຮຽນພາສາລາວຢູ່ຫ້ອງປີກຽມທີ່ມະຫາວິທະຍາໄລແຫ່ງຊາດ ແລະ ພວກຂ້າພະເຈົ້ານັກສຶກສາຍີ່ປຸ່ນໄດ້ລະດົມເງິນບໍລິຈາກ ຈາກປະຊະຊົນລາວເພື່ອຊ່ວຍເຫຼືອຜູ້ປະສົມໄພທຳມະຊາດຢູ່ຍີ່ປຸ່ນ. ເຊິ່ງພວກຂ້າພະເຈົ້າ ກໍ່ຕົກໃຈຫຼາຍທີ່ເຫັນວ່າ ຄົນລາວສ່ວນຫຼາຍໄດ້ບໍລິຈາກເງິນ ຄົນລະ ປະມານ 50,000ກີບ ຫາ 100,000ກີບກໍມີ ແລະ ພວກຂ້າພະເຈົ້າກໍໄດ້ຮູ້ສຶກວ່າ ປະຊາຊົນລາວມີຄວາມຊາບຊຶ້ງຕໍ່ການຊ່ວຍເຫຼືອຈາກລັດຖະບານຍີ່ປຸ່ນແຕ່ສະໄໝກ່ອນ, ຈຶ່ງໄດ້ຮ່ວມກັນບໍລິຈາກເພື່ອຊ່ວຍເຫຼືອ ແລະ ສະແດງຄວາມຂອບໃຈຕໍ່ປະເທດຍີ່ປຸ່ນ. ສະນັ້ນ, ຂ້າພະເຈົ້າຄິດວ່າ  ຫຼັງຈາກຮຽນຈົບແລ້ວ, ຢາກເປັນນັກແປພາສາລາວອິດສະຫຼະ ເພື່ອເສີມສ້າງສາຍພົວພັນລະຫວ່າງລາວກັບຍີ່ປຸ່ນ ໃຫ້ແໜ້ນແຟ້ນຂຶ້ນ ແລະ ຢາກມີຮ່ວມຮ່ວມໃນການພັດທະນາປະເທດລາວ.

ຂໍຂອບໃຈ

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