肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

22歳のとき 東京都内の駆け込み寺 3 重心障害児との接点

2か月半ほどお世話になったお寺では、毎日の生活の中で色々な方との出会いがありました。

先に結論を言うと
お寺での生活の中で最も印象に残ったのは、不思議な能力を持った重心障害児のことです。

それまでの人生では決して知ることのできなかった体験をさせていただきました。
お寺を紹介してくださったスピリチュアルカウンセラーのYさんや
自分を受け入れてくださったお寺の住職や修行僧の皆さんには感謝をしております。


以下、本題となります。


ある日、住職から一冊の本を渡されて読み終わったら感想を言うようにと課題が出されました。

「ひとが否定されないルール」という本です。

この本の著者は重心障害児のR君。

住職とR君が親しい関係ということで、お寺の中に著書が置かれていました。

私は著者との対面を希望したのですが、本人が体調不良だったので実現せず
住職や修行僧の方たちはご本人と直接の面識があるということで色々な話を聞かせていただきました。

著者はドーマン博士が開発したドーマン法というリハビリのプログラムを受けている最中で、
とても苦しくて過酷だと感じつつも、訓練は楽しく受けているということ。

身体機能が制限されており、言葉を話すことはできないけど、お母さんが手に持った文字盤に書かれたひらがなの文字を示すことで、言葉を発しているということ。

テストなどで試されることをせず、ただ楽しいから言葉の能力を身につけてそれを向上させて本の執筆をするほどになったということ。

色々なことが書かれていました。

本の感想と障害者の方に対する現在の私の考えについて:
 
私自身は健常者として元気な肉体を持って生まれてきました。
大きな病気や怪我の経験はありません。

しかし、私の父親は外出したときに障害者の方を見かけては、蔑んだように笑い出したり、「何だあれ?変なの~」と平気で言うような人です。
とてもじゃないですが、そういう性格は人として尊敬できるものではありません。
むしろそういう父親の一面を軽蔑しています。 

一般的に重度の障害者と呼ばれている方を見ると、外見上は身体の自由が制限されています。その外見だけで社会では蔑まれ、差別や偏見を受けてしまっているのが現在の世の中ではないのでしょうか?
 
著者は身体的な自由と引き換えに、類まれなる言語の能力を身につけたのだと思います。
私は医学的な根拠に基づいて論理的な証明をすることはできませんが、障害者だからと言って短絡的に外見などの表面的なことを見るのではなく、その人が書いた内容に注目することが大切だと思いました。別にこの本は本人が著者でなくても、お母さんが代筆したものでも良いと思っています。
 
著書の中では「世の中を生きて行くためにはこうした方がいい」というひとつの考え方が書かれていると捉えました。もしも皆がこの内容を読んで実行できたとすれば、著者が理想とする世の中になっていくでしょうし、生きやすい世界になるのだと思います。

実際に私の心を癒すようなことが記されていました。
しかしながら、現実の世の中はもっと泥臭い場所なので、実現は難しいと思います。

それでは、自分がこの本を読んで何ができる?と問われれば、重心障害者と呼ばれる方にも当然のように人としての感情があるのだから、それは健常者と同じように接して知っていくべきだということ。

外見だけにとらわれることなく「重心の障害者だから」という身勝手な先入観や感情を除いてご本人たちの言葉や気持ちを聞いていこうとする姿勢が大切なのではないでしょうか?

現代のインターネット社会では、
この著者の名前で単語検索をかけると様々な情報にヒットします。

すごく感動した、仰る通りだという肯定的な意見の一方で、

障害者だろ?嘘なんじゃないのか?お母さんが代筆したんだろ?といった
否定的で厳しい意見など賛否両論あります。

NHKのドキュメンタリー番組で取り上げられて放送されたことがあるので、
その番組の内容に関してヤラセだろ?嘘に決まっているなどのクレームの雨嵐、罵詈雑言。

ドーマン博士が考えたドーマン方のリパビリプログラムの存在までを
厳しい表現で否定している意見も見受けられます。




今までの人生経験を通じて感じたのは、
一般社会でいう人脈と、彼ら彼女らが持っている自然に身に付けた人徳というのは
大きな違いがあること。

人脈はビジネスやお金のつながりが中心であるのに対し、

人徳はビジネスやお金を度外視して、本当にその人の内面に魅かれているかどうかってこと。

健常者といっても、スーパーにある障害者用の駐車スペースに威張りの効いた下品な運転で車を停めても平気な顔をしている人がいますし、仕事といって他人を騙して暴利を貪ろうとする人だっているわけです。

自分なら心や身体の障害の有無に関係なく、人を騙すことなく
不器用でも正直に生きている方たちとつながることを選んでいこうと思います。
本当に優しくて純粋な心を持った方が多いです。

本の著者と直接会うことはできなかったものの、
重心の障害児について知ることができたのはとても貴重な経験でした。

東京都内にある駆け込み寺で受け入れていただいてお世話になった体験談はこれでキリにします。


今日はこの辺で。


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