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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

心に繋がれた鎖をブッタ切るとき

心の問題

心に繋がれた目に見えない鎖を引きちぎって次の人生に進もうと思います。

具体的に言うと、面倒な人間関係を精算して
自分の生きたい道をまっすぐ進んでいこうということです。

 

以下、本題になります。


普段から仲良くしている友達から離れようと考えています。
狙っているのはケンカをして縁を切ることではなく、
無言でそっと離れてフェードアウトです。

意味のない争いや揉め事に対して、
時間や力をつぎ込むのは無駄だと考えているからです。

これはFacebookTwitterなどのSNSでも言えることですが、
「ビジネスや人脈のため」などという謎の呪文にとらわれて
苦手な人に対して我慢をしてつながり続けることはしません。

合わない人はどんどんブッタ切っていっても良いと
割り切って使っています。

その分、相手から自分が切られることも承知の上で使っています。

現在、私はラオス語の仕事だけでは収入が安定しないため、
2足のわらじとして他の仕事を探しています。

今後は過酷な製造現場の仕事にチャレンジしようと思い、
就職活動で職場見学や面接などに行っているのですが、

製造業の経験を持つその友達に話をしたところ、
「お前には無理、やめておけ」
「続かないに決まってる」
終始、これしか言わないのです。

私はこの言葉に振り回されてしまい、深刻に悩み、苦しんでしまいました。

しかし、決断をしました。

もしも仕事が決まったらそれが運命や縁だと思うし、
わざわざ積極的にケンカを吹っかけて友達を切ることはしないけど、
自分から連絡することは控えて徐々に離れていこうということを。

 

仮に彼の言う通りにしたところで、他の仕事を紹介してもらえるわけではないし、
自分にお金が入ってくるのとも違うことに気付いたからです。

 

私がラオスに行こうとしていたとき、彼は私に言いました。
「絶対無理だって、やめておきな」

彼は何を根拠に言っているのか分かりませんでしたが、
当時の私は自分の気持ちが上回っていたので、
そんな言葉を振り切ってからラオスに行った経緯があります。


今なら言えます。
ラオスのことを知りもしない奴が頭ごなしに否定なんかするんじゃねぇよ、バーカ」
ってこと。

無慈悲で無責任な反対意見を言ってくる人の話なんて、
真に受ける必要はありません。

そんなものに振りまわされて悩んでしまうなんて本末転倒。
 
生きたいように生きればいいのです。

今年の正月明け、それまで一人で暮らしていたアパートを引き払って、
母親や祖母が住んでいる一軒家に引っ越してきました。


自宅にその彼を呼んだとき、
彼はまるで家を査定するかのように、あちこちの部屋を見回していました。

口を突いて出てきたのは
「お前のように仕事もロクに続かないよう奴が、随分と立派な家に住んでいるね」
というイヤミ?嫉妬に満ちあふれた言葉でした。

普段、その人は工場で働きながら3交代の勤務をこなし、
住宅ローンの返済に追われながら
離れて暮らす年老いた両親に仕送りをしながら生活をしているそうです。

彼からすれば、朝から晩まで交代勤務で必死に働いているのに、
それと比較したら今の私の姿が随分と楽なように見えてしまい、
その結果、嫉妬したセリフが思わず口を突いて出てきてしまったのでしょうか。

 

それだけではありません。

 

現在、私は軽自動車に乗っていて近くをうろつく分には問題はないのですが、
長距離を走ると疲れるため、仕事を頑張ってお金を貯めたら
もう少し排気量の大きい車を所有したいとか、

バイクも好きなので、また乗ろうかなとも考えています。
他に趣味と言ったものはなく、車やバイクが唯一の楽しみだからです。


以前、大きな車を所有していたとき、彼は言いました。
「大きな車なんてガソリン代や税金がかかるだけ。必要ない」
「お金を無駄に捨てているだけ」
現実を言えば確かにそういった一面はあると思います。

彼の価値観に沿うような人生を送れば、彼は私を見て満足するはず。
価値観の範囲内に、格下である私がいるから安心できるのでしょう。

でも、私は思います。
「一日に2箱の煙草を吸い、休みはギャンブルに没頭し、
日勤のときはほぼ毎日酒を飲んでいるんだから、
煙草、ギャンブル、酒に縁のない自分からすれば、そちらこそ無駄遣いなだけだ」ってこと。

結局は価値観の違いを他人に強要してはいけないのです。

煙草を吸ってギャンブルをやって酒を飲みたいならそうすればいい。

その代わり、こっちも好きな車やバイクに乗って
好きなだけお金をつぎ込んでやるさ。

だから価値観を押し付けんなよってこと。

冷静に考えてみれば、人生の主人公は自分。
いくら仲が良くても他人が価値観を押し付けてきて、
それに振りまわされて苦しんで困るような人生はもう終わりにします。

他人の常識を否定して何が悪いんだ?
お前だって、俺の常識を否定しているんだろ?
って思えてきました。

私は誰からの制限を受けることなく、生きていきたいと思っています。
生き生きしようが、死んだ魚の目をしていようが過ぎる時間は一緒です。

 
それならば、他人から価値観や刷り込みに振り回されないよう、
自分の好きなように生きていこうじゃないかと決意しました。


ただでさえ少ない友達を失うことは怖いですが、
足を引っ張る人に邪魔をされるくらいなら
一人で生きて行った方がよほどマシだと思うことにし、
フェードアウトしていくことにしました。

 

私がやってしまった失敗は、
今までその人と一緒に外出をしたとき、
食事代を出してもらったり、手料理をご馳走になってしまったこと。

 

その都度、食事代は自分で出そうとしましたが、
所得の高い彼は「いいよ、気にしないで」と言っていたので、
その言葉に甘えてしまいました。

 

こういったことが重なると、
「あのとき食事を御馳走してやったのに、その態度は何だ?」と言われて
恩を着せられることになってしまいます。

 

食事代を出してもらっていたことで、
自分の立場が下になることをそのときに認識しておくべきでした。

 

今後は誰とでも対等な関係でいられるよう、
食事代の支払いは何が何でも自分の分は自分で払います。

 

心に繋がれた目に見えない鎖をブッタ切って次の人生に進もうと思います。

 

それは、誰からのコントロールも受けず、
面倒な人間関係から離れるということです。

 

今日はこの辺で。

 

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