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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 5 親友と二度目の三角関係

ダイヤリング購入と引き換えに入会した結婚相談所では、男女に出会いを提供する場として色々なイベント、バーベキューなど企画されたので度々参加していました。

そこで知り合った一人の女性の方と、
親しくなってお付き合いしてみたいという気持ちが湧き上がってきたときのこと、

これは絶対うまくいくと確信していた恋愛だったのに、
結局は自分以外のことが原因でダメになってしまった。

そんな話を綴ります。

結婚相談所に登録したときの自分のスタンスとしては、
(結婚を)焦ってガツガツしていたわけではなく(当時ハタチでしたので)

仕事以外で人脈や利害関係といったものから離れた方たちとつながっておきたいこと、

結婚を意識するってどういうこと?の答えを知りたかったのが動機です。

もちろん、真剣に彼女を見つけたいという気持ちもありました。


登録されている会員向けにイベントの告知がされるので、
都合の良いときは好奇心と興味半分で参加しました。

私がハタチくらいのとき知り合ったのは本気で結婚を意識していて、
男女関係なく高い入会金を支払って登録している方たち。

年齢的には当時30歳くらいの方が多かったように記憶しています。

ねるとんパーティに参加するような方でカップルが成立していたのに
平気で他の異性を漁りに行くような人たちと比較したら、
社会人とか性別に関係なく人間として尊敬できる方たちと知り合うことができました。

バーベキューやボーリング、カラオケなどありふれた遊びですが、
誰も結婚の「け」の字も言わないほど、
外から見たら何かのサークルか集まりくらいにしか見えないくらいの
時間だったと思います。

そういったことを通じて
焦ることなく、時間をかけ男女関係なく何人もの方と親しくさせていただき、
結婚相談所で企画されたイベントとは別に

他に時間を作って何人かで会うようになり、

有志企画のように皆でどこかに遊びに行こうと予定を決め、車何台かに分乗して
長野県にあるコテージのある温泉まで泊まりに行ったことがありました。

自分も車を出し、積極的に運転手役を引き受けて気の合う方を何人か乗せて出かけました。

そのときは別に彼女ではなく、親しい友達の一人として仲良くしてもらっていた
広島県出身で方言全開のRさん(当時25歳くらい)という方に助手席に座ってもらい、
皆で楽しく会話をしながら運転して目的地まで向かいました。

運転中はこちらが手が離せないところを察して、さりげなくペットボトルの飲み物のキャップを緩めておいてくれたりとか、朝早く起きて作ってくれたおにぎりを、口元まで持ってきてくれたりとか、

そういった細かい気遣いが自然にできる年上の女性の方っていいなと思いました。

基本的に移動の車の運転は男の役割で

コテージに着いたら今度は女性の方たちが出番と言わんばかりに、
運転手役をやった男の人たちに向かって「お菓子でも食べながらどこかで休憩していて」と言ってくれ、

あらかじめ準備してあった食材を使って美味しい料理を振る舞ってくれました。

運転中にさりげない気遣いができるとか、料理の腕がいいとか、それまでの人生では出会ったことのないような方たちと知り合うことができたのはとても良い経験だなと感じました。

他の男の人たちとも仕事のことや人生のことを色々と語り合うことができ、貴重な体験をしました。

時間が経つにつれて私はRさんのことを好きになり、自然な形で電話番号を交換し、暇があれば適当に電話をかけて時間を忘れて話し込むなどしていたので、相手もまた、こちらのことを年下だけどいいかなと思っていてくれたのでしょう。

もしも相手が嫌がっていたのなら、電話番号を教えないでしょうし、電話で話し込むこともないでしょうし・・・。

言葉にはしないまでも、お互いにそれなりの好意はあったと思います。

私は自分一人だけ歳が若かったので周囲から「子供ね~」みたいに見られていることは感じていましたが、

Rさんとはうまく進めていきたいという気持ちは常に持っていました。


高校時代、私はYちゃんという女の子を好きになり、
結局は後から学校に入ってきたHさんという親友と三角関係になった経験があります。

その時の話はコチラ

(続) 高校3年生のときの話 1 親友と三角関係 - 肉が行って魚が来る ຊີ້ນໄປ ປາມາ


Hさんとは、その後も友達関係を続けていて、
その後も一緒にねるとんパーティに出たりしました。

その話はコチラ

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 4 ねるとんパーティに参加したとき - 肉が行って魚が来る ຊີ້ນໄປ ປາມາ 


親友のHさんと会ったときに、
広島弁をしゃべる年上の女の人と知り合ったんだ、うまくいったら付き合いたい」のような話をしたときに

衝撃の事実を告げられました。


Hさん:「その女の人って、Rっていう名前?広島弁っていうから・・・」

私:「そうですよ。知り合いですか?」

Hさん:「実はさ、俺とRは昔付き合っていたことがあった。お互いの両親に挨拶もしてあって結婚の約束をして一緒に住んでいた時代があった。あとは婚姻届を出すだけになっていた。」

私:「また三角関係かよ(T_T)」(←心の声)

Hさん:「Rが現役の高校生だったとき、俺はもう社会人として働いていてそのときに友達の紹介で知り合ったんだ。当時、Rが通っていた高校は進学校の某高校。俺はRには大学に進学するように強く言ったし、御両親もRには国立大学に入れるくらい勉強ができるのだから、是非進学してほしいと言ったんだ。でもRは違った。早く俺と結婚したい一心で、御両親の反対を押し切り、半ば勘当されてもいい・駆け落ちしてもいいくらいだと言い、進学せずに高校卒で就職という道を取った。そのことを御両親はすごく怒っていたんだ。俺が必ず幸せにしますからと言って約束したんだ。でも、俺たちはどうなったかというと結局は別れた。Rと別れた後に、自分の人生もきちんとしなきゃいけないと思って、高校卒業の資格を取りに通信制高校に入ってお前と知り合ったわけ。」

あまりにも唐突に過去の出来事を聞かされて私は動揺してしまい、何も言えないまま
その場は一旦引き下がりました。


数日後、Rさんと自分の二人きりで会って食事をしに行った帰り道、
公園の駐車場に車を停めて本人に話を切り出しました。

私:「俺、Rさんのことが好きなんだ。」

Rさん:「ありがとう。私も前からそう思っていた。あなたの気持ちにも気付いていたよ。」

私:「でも、正直に伝えておかないといけないことがあって」

Rさん:「何?どうしたの?」

私:「親友でHさんっていう人がいてさ、名前は・・・・さん。知ってる?」

Rさん:顔面蒼白になって動揺し始める。

私:「俺はRさんと一緒になりたいと思ってる。だからこそ、この交友関係は隠さずに正直に言っておくべきだと思った。Rさんはこの話を聞いてどう思う?」

Rさん:「そっか。あなたの親友がHさんでなく、他の人で私と共通の関係だったらすごく嬉しかったのにね。」

Rさん:「確かに私はあの人と付き合って一緒に住んで、結婚の約束までしてあった。だけど、色々あってお互いにうまくいかなくなって、私は彼に暴力を奮われて大けがをしたことがあるのね。それで別れた。私は自分で選択した人生とはいえ、親に猛反対されてまで就職の道を行き、それでも彼と一緒になりたいと思った。でも大けがを負わされたことで考えが変わったの。せっかく過去の辛かったことを忘れられると思っていたのに、まさかあなたと元彼が親友どうしだなんて・・・」

ここでRさんが号泣。

自分も泣きそうになる。

私:「俺はRさんに対する気持ちは変わらない。だけど、暴力をふるわれて大けがさせられた話は今まで知らなかった。それは申し訳ない。」

Rさん:「あなたに責任は無いよ。あなたが知らなかった時代だし、過去のことだから」

Rさん:「あなたはHさんのことを親友だと言った。だから私はそこを引き裂くとか、縁を切って欲しいとかは言えない。」


過去に起こった話についてはジャッジしたり、シロ・クロはつけずに、
その場はそれで話を終わらせて本人の家まで送り、自分も帰宅。

しばらくは普通に仕事に行きながら、心の中では何とも言えない悶々とした日々を過ごしていました。

その日の会話があってから、Rさんはこちらのことを徐々に避けるようになってしまいました。

あれほど仲良くしていたのに、電話を取ってもらえなくなり、会っても目線すら合わせてもらえなくなってしまいました。

そりゃ、そうでしょう。

結婚まで約束していた元彼と、自分が親友の関係だったこと。

暴力をふるわれて大けがをさせられたことが原因でトラウマになり、
Hさんという名前を聞いただけで本当はパニックを起こす寸前だったのですから。

こんな形でハタチのときの恋愛は途中までうまく行ったにもかかわらず、
結局は失恋してしまったという話を書いてみました。

どうやら、親友Hさんとは女性の好みが近いらしいので、
この出来事を境に恋愛の話や、
もしも恋人ができてもこの人に相手を紹介するのはちょっと躊躇しようかなと
感じた出来事でもありました。


今日はこの辺で。


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