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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 3 係長によるパワハラと過労で緊急入院

人生の軌跡

一か月あたりの残業・休日出勤が140時間を超える仕事を何カ月も続けていた結果、
過労で倒れて入院してしまったときのエピソードを綴ります。

さっそく本題に入ります。


当時、所属していた部署は施工管理課。

事務所の中では営業課のメンバーも一緒に机を並べていました。

営業マンが受注してきた物件を引き継ぎ、無事に消防検査を終えるまで現場を管理することが私に与えられた仕事でしたので、机が近い方がコミュニケーションを取る上で色々と都合が良かったのは間違いありません。

一番下っ端だった自分にとって、面倒だったのは営業係長による
教育という名のパワハラが横行していたことでした。

係長はいつも言っていました。

「お前のためを思って」「お前を育てるために」
「叱られることをありがたく思え」
と。

こうやって悪魔の呪文のような言葉を前置きし、相手を逆らえないようにしてから、心外なことを延々と言い続けたり、事務所の中という公衆の面前で小1時間くらいずっと叱責されることがよくありました。

ほぼ連日、深夜から早朝までかかる現場での作業が終わって事務所に戻ってきてから説教を受けることが多く、私の心は徐々に破壊され精神的におかしくなっていきました。

一番キツかったのは、休日に女の人を連れて外出したときにそこをたまたま係長が見ていたらしく、(私は全然気付いていませんでした)

仕事になった日に係長から「お前、この前の日曜日に○○で見かけたぞ。一緒にいた女の人は誰だ?」みたく事務所という公衆の面前で言われ、

プライベートな時間の出来事まで詮索されたことです。

仕事のことなら何を言われても我慢していようと決めていましたが、
オフの時間のことまで勤務時間中に言われることになり、キレそうになってしまいました。

私:「仕事の時間外に何をしようと自由ですけど」

係長:「駄目だ。言え」

私:「嫌です」と言いながら相手を睨みつける。

係長:「その態度は何だ。お前、俺とケンカするのか?辞める気があるならいつでも来いよ。辞めたくないなら我慢しろ」

私:「・・・・」

係長から頼まれた仕事はこなしていましたが、すでに肉体的・精神的に限界に達していました。


係長と私が中心的に関わった現場で消防検査があるという日の朝、
自宅にいるときに限界に達し、心と身体が悲鳴を上げてとうとう身動きが取れなくなり、

言葉もうまくしゃべれなくなってしまいました。

異変を察した母親の運転で総合病院まで連れて行かれ、心療内科を受診させられそのまま入院となりました。

このとき、会社では私が無断欠勤したと思われていて、係長と取締役部長が大激怒していたようです。

取締役部長が会社名を名乗らないままこちらの家まで電話をかけてきて、
父親がその電話を取ったらしいのですが、開口一番

部長:「おい!消防検査の日に何やってんだ!無断欠勤なんて許さないからな!!会社に来い!!」

父親:「名前も言わずに、電話でいきなり怒鳴ってくるのか?お前はどこの誰なんだ?俺は父親だぞ、コノヤロー。」

部長:「すみません。○○株式会社で取締役部長の○○と申します。」

父親:「息子が○○○病院に緊急入院だぞ、医者の診断書もある。無断欠勤じゃないだろ?立派な労災事件じゃないのか?」

部長:「・・・・」

父親:「警察に行くか、労働基準監督署に行くか、どっちか選べよ。ウチとしては両方に行ってもいいけどな」

部長:「すみませんでした。」

こんなやり取りがあったと聞かされました。

生まれて初めて?父親父親らしいことを言ってくれたことにびっくりしました。


結局、3日間入院となりその後は1週間自宅で静養するように診断書が出たので、
そのようにさせてもらいました。

自宅・病院どちらにいても会社関係の人が訪ねてきた場合、面会は断ってもらうようにしました。

主治医からは「そんな職場、一刻も早く辞めた方がいい。そのうち殺されるよ」とストレートに言われました。

会社って、利益を上げる目的のみで従業員をコキ使って心身共に追い詰めるし、
従業員が体調を崩したら「体調管理のできない奴が悪い」と吠えるんですね。

ハタチのときに自分の身を削って体験しました。

自宅静養を経て、職場に復帰したとき、社長室まで呼ばれて

社長:「今まで色々と負担をかけてすまなかった。今後、○○係長の仕事を外すから。あとは本人とも口を聞かなくてもいい。」と言われました。

他の社員からも、仕事に対する強引な進め方や大声を出して人前で怒鳴るなど問題があったという声が上がり、係長については一定の期間は給料が減俸される処分が下ったそうです。

会社が恐れていたのは、こちらが診断書を持っていたので警察や労働基準監督署に駆け込まれること。それだけは絶対に阻止したかったのだと思います。

以後、私は係長の仕事は外されて他の営業が取ってきた仕事をやるようになり、負担を減らされていくようになりました。

この間、直属の施工管理課の課長と取締役部長との間では水面下で私の扱いについて話し合いをしていたそうです。


今日はこの辺で。

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