読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 4 ストレスとうつ状態

人生の軌跡

ストレスを抱えた経緯と、

うつ状態に陥ったとき、どんな症状が出てきたのか、

発散する方法すら知らなかったことを綴ります。

仕事で抱えた悩みや不安、ストレスは仕事の中で挽回すべきで、
他の手段ではそれらを解消することは難しいと考えており、

肉体的な疲れは寝ることで解消されても、
精神的な疲れはいくら寝ても取れないというのが正直な意見です。



以下、本題です。

「職人の仕事とは、目で見て盗むもの」
という方針の会社で働いていたとき、

朝「おはようございます」
夕方「お疲れ様でした。お先に失礼します」

一日の中でたった二言しか話さない日がとても多かったことを今でも覚えています。

職業安定所の求人票に書かれていた「未経験からでもきちんと教えます」は
人を集めるためのただの宣伝文句だと知ったときは唖然としましたし、

高速道路を走行していた工事車両から脚立が吹っ飛んで行ったとき、
問題にすることなく、こちらに対して
「黙ってろ」と指示してくるような人たちで
ひょっとしてこの人たちは頭がおかしいんじゃないの?
と思うことが何度もありました。


どんなに悔しくても歯を食いしばって仕事に行っていた理由はただひとつ。
「手に職を」という言葉の通りに技術を覚えれば一生もの、
その気になれば独立だってできるという気持ちがあったからです。

同時に
こんな職場なんかすぐにでも辞めたいという気持ちの両方があって、
心の中では常に葛藤を繰り返していました。


電気工事業の仕事に行っている時期、
仕事上でしゃべることが制限された環境にいたことが大きな原因となり、
顔色が青白く、常に死んだ魚のような目をしていて元気がなかったなどと
友達から言われていました。

身体症状としては、不眠と早朝覚醒に悩まされていました。

これが生まれて初めて体験する「ストレス」「うつ状態」だと知り、
しゃべれないというのがこんなにも心の状態を悪くするんだと初めて体験しました。


苦しくても頑張ることができていたのは、
定年退職後にアルバイトに来ていたOさんだけは、
アメと鞭を器用に使い分けて私に技術を授けて下さり、
電工としての技術や人としての内面も尊敬でき、
この方に認められるくらい上手くなりたいという一心があったから。

現実は厳しく、なかなか結果が出ず、
SさんやMさんといった熟練工の方たちから
言葉で教わることができないことに対して
悩んでいた私は
思い切ってOさんのご自宅までお邪魔して
相談にのっていただくことにしました。

そこで衝撃の事実を思い知らされたのです。


Oさん:「今の職場では俺はアルバイトの身分。正社員として働いている他の熟練工たちを立てるために発言をせずに今までは思うことがあっても黙ってきた。でも、この際だから言っておかなければならない。」

私:「人生の大先輩としてお願いします」

Oさん:「はっきり言おう。今の職場環境のままだと、お前が3年間頑張ったとしても、同業他社で先輩や熟練工たちから怒鳴られ、叱られながら、技術をしっかり教わりながら学んだ子の1年目と同じくらいかそれ以下の実力だと思う。」

私:「自分は今の3倍以上頑張らないと、ダメだと言っているのですか?」

Oさん:「違う。今いる先輩や熟練工たちが何も教えないからダメだってこと。いくら目で見て覚えろと言っても物事には限度と言うものがある。この前の現場で俺はお前たちを観察していて分かったんだ。熟練工のSさんがお前に指示してきた仕事があっただろ?」

私:「はい。確かにSさんはこちらに仕事の指示をしてきました。時間がかかっても自分なりに仕事をしたつもりです。しかし、実際はOさんから指摘されて初めて間違えに気付いたくらいです。」

Oさん:「そう。お前は間違えた施工をした。でも問題はそこじゃない。俺が見てマズイなと思ったのは、Sさんはお前の失敗に気付いていたのに、それを指摘することなく、自分勝手にそこの個所を直してしまった。お前は直されたことを知らされていなかったよな。あの時、俺が良く見ろよって指摘しただろ?それでお前は初めてそこの失敗に気付いたわけで。もしも俺が黙っていたら、お前は自分のミスに気づくことすらできなかったということ。要するにお前は成長の機会を奪われていたんだ。分かるか?」

私:「はい・・・」

Oさん:「Sさんはどうして、指摘せずに自分で直したと思う?」

私:「理由は分かりません。」

Oさん:「彼自身に若者を育てる気がないから。叱って正しい方法を教えることが面倒だから自分で直してそのまま黙っていた。ただそれだけだ。実は言うと、彼は自分のお父さんがもともと電工をやっていて、若いときから一緒について手とり足とり仕事を教わって仕事を覚えてきているんだけどね。そういえば、Mさんも無口な熟練工だけど、彼はもともと工場専門のところにいて、住宅や他のこともやりたいって言って我々の会社に転職してきたわけ。」

私:「Sさんご本人はお父さんから手とり足取り教わってきたのに、若者にはそれをしないなんておかしいじゃないですか?こちらは正しいことを教わりたいのに・・・そういえばMさんも無口ですよね」

Oさん:「SさんとMさんは確かに熟練工だと思う。高い技術もある。ただ彼らは独立するための経験を積みに来ているだけなんだ。人を雇わずに一人親方でやろうとしているみたいでさ。口には出さないけど彼らにとっては若者を育てるとか、他人のことはどうでもいいみたいだな。だからこの先何年彼らの下にいても、たいした技術は覚えられないってこと。これが現実。そもそも本人たちに教えて育ようとする気が無いんだから。ただの身勝手な奴らなの。もしも技術を覚えたければ同業他社に行くのもひとつの選択肢。ただし、他の会社では先輩や熟練工が思い切り怒鳴ってくるとか、工具や材料を投げつけてくるバカもいる。でも、それと引き換えに正しい知識や施工を学ぶことができるという面もある。お前はどう思う?」

私:「Oさんはどうやって技術を覚えてきたんですか?」

Oさん:「俺は古い人間で丁稚奉公のようにして育てられてきた。やっぱり現場で殴られたり、蹴られたり、工具を投げつけられたりしたこともあった。同時に正しいこともこうやってやるんだということも叩きこまれてきた。」

私:「正しい知識や経験を得ることと引き換えに殴られたり怒鳴られたりしなきゃいけないんですか?それじゃ、不満とかストレスがたまりますよね?どうやって発散させていましたか?」

ここでOさんの奥さんが登場:「ウチの主人はね、普段は仕事で家にいなかったのね。常に忙しかったからそれは仕方ないと思う。だた休日になるとパチンコ・競馬・競艇オートレースのどれか必ずやっていたね。そして夜は浴びるようにお酒を飲んでいたわ。家庭のことなんか何も考えていなかったと思う。たぶんパチンコなんて家がもう一軒建つぐらいのお金を使ったはず」

私:「仕事の憂さ晴らしでそこまでするんですか?そうすれば、気持ちがリセットできたのですか?」

Oさん:「俺はそうやって仕事とバランスを取っていたかな・・・」

奥さん:「あなたは若くて真面目だから、まずはストレスを発散する方法すら分からないんだと思う。」


私:「ギャンブル、酒、タバコ確かにどれも興味がありません。ついでに言うと、カラオケやボーリング、クラブで踊るとかも全く興味がないですね。」

Oさん:「無駄にお金を使えとは言わないけど、仕事の不満やストレスがあるならそれらを何かの形で解消しないと、結局現場の仕事も続かないと思う。」



19歳の時にこんなやり取りを経て、

若者を育てる気が無い人の下で働いていたことを自覚させられてショックを受け、

ストレスやそれを発散することについて知らされました。



今日はこの辺で。


広告を非表示にする