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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 3 脚立が空を飛んで行った日

人生の軌跡

朝「おはようございます」を言った後、

二言目は夕方「お疲れ様でした。お先に失礼します」と言うだけの

ろくなコミュニケーションや会話がないような、
無口を貫いて仕事を続けていたある日に事件が起きました。

遠く離れた場所に現場があるのと、近場で一件だけ簡単な現場があるということで、
社長は二班に分けて現場に出るよう指示。

私は、Sさん(当時40歳・電工の経験は20年)という無口でベテランの職人さん、
Iさんという経験3年の先輩と一緒に先発隊となり、高速道路を使って遠い現場に到着。

Sさんは普段通りに無言でくわえ煙草のまま作業が始まり、
「職人の手だけ見る」「いちいち教えない」のスタンスを貫き、
私も意地になって、無言のまま「仕事は目で見て盗むもの」と必死になって喰いついていました。

作業を始めて2時間位が経過した頃、
他の現場で作業を終えた後発隊が我々と同じ現場に合流。

到着するなり、無口なMさんと先輩Nさん(私と同じ日に入社した方)が工事車両から降りてきて支度を始めているのですが、明らかにNさんの様子がおかしいのです。

私:「Nさん、顔色が悪いですよ。どうかしましたか?」と言うと、

Nさん:「さっきの現場で使った脚立を工事車両の屋根に載せたんだけど、ゴムヒモで縛るのを忘れちゃってさ、それに気付かないまま高速道路を運転してた訳。それで走っているときに脚立を落としちゃった。強風にあおられて脚立が空を飛んでいくところがミラー越しに見えちゃって・・・」

私:∑( ̄ロ ̄|||) 

Nさん:「怖くなって、そのまま何もせずにここの現場まで来たんだけどね、ヤバイかな」

私:「車を路肩に停めて非常用の電話を使って警察や道路公団に連絡すればいいじゃないですか?それをしないでそのまま現場に来たんですか??」

ここでMさんが登場。

Mさん:「俺は何も見ていない。何も知らない。お前たちはしゃべっていないでさっさと作業を始めろ」

こんな感じで会話が切れたまま、現場作業になりました。

Nさんから熟練工のSさんにも一言伝えたようですが、何も反応しなかったようです。

私:「ここの会社の人っておかしい。普通なら後続車の事故の心配とか警察や道路公団への連絡とかするはず・・・何で黙っていられるわけ??」(←心の声)

結局この日は無事に作業が終わり、帰り道も高速道路を使って会社へ戻りました。

脚立が飛んで行ったことについて、SさんとMさんは報告を受けたのに反応無し。

その代わりに「いいか?お前らみたいな下っ端の奴らは黙ってろ。余計なことを言うな。分かったか?」と普段は全くしゃべらない無口な人たちが、そのときだけはそうやって声に出して言うのです。

「やっぱり、こいつらバカだ」(←心の声) 
そう思いながらも、口を封じられてしまったので、会社に戻っても社長に何も報告できず、
大きな疑問と抵抗を感じながらその日は帰宅しました。

それから一か月くらいは何の問題もなく毎日の仕事をこなしており、
脚立が飛んで行った事件のことなど記憶の片隅に追いやられているくらいで、
誰も何も口にしない日々を過ごしていました。


ある日、会社の事務所で皆そろって昼ご飯を食べているとき
たまたま思いつきでつけたテレビのニュースで
「高速道路で落下していた危険なもの展覧会」みたいな特集をやっているのが流れたとき、

我々の目は点になりました。

そこには見覚えのある脚立が映っていたからです。
w(゚o゚)w オオー!

脚立に書かれた我々の会社名がハッキリと見え、
しかも、脚立はダンプやトラックなどの大型車両に踏まれまくったのか、
ベコベコになってねじ曲がっているところがテレビに映されていました。

「こういう落し物に気付いた際は、
ただちに車を路肩に寄せて緊急電話で通報する義務があります。
後続車の事故を誘発する原因になります・・・」

と無口で食事中の我々に、ナレーションの声が虚しく響き渡るだけでした。

私が思う普通は、こんな事件が起こってしまったらすぐに連絡・報告することです。

でも、この電気工事業の会社にいる人たちって普通じゃない、おかしい。
無口なだけじゃなくて、事件・事故を隠しているじゃないか・・・・

そうは思っても、多勢に無勢。

敵うはずもないので、
若かった自分は口止めされたまま黙っているしかありませんでした。


今日はこの辺で。


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