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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

(続) 高校卒業後 19歳のとき新聞配達の仕事で蟻地獄にはまる 2

人生の軌跡

高校卒業後、私が入社した新聞販売店では社長が世代交代をした直後で大きな問題が起きていました。

先代の社長に雇われた人たちは「入社後、勤続3年した方には10万円の慰労金を現金で支給します」という求人広告に書かれた宣伝文句を読んで、それを目当てに入社した方たちがほとんどだったのに、

先代が突如病に倒れて寝たきりになって口を聞くことができなくなってしまい、
社長の息子さん夫婦が経営を引き継いだことで、

二代目の社長が従業員たちに向かって「慰労金など知らん。そんなもの払う気はない。そんなものは先代が勝手に約束したこと。」と言ったそうです。

そのような事件があったことは全く知らない状態で、私は入社してしまったのです。


以下、本題です。

パートさん達を裏で動かし、会社で中心的な役割をしているボス猿から「社長から慰労金がもらえないと言われたので、社員のあなたからも社長に言って慰労金がもらえるように言ってほしい」と頼まれました。

うわーとんでもない巻き添えを食ってしまったと思いました。

自分の他に社員が2名いましたが、
Iさんは、私が入社して仕事を覚えた後に退職する話だったらしく、本当に退職してしまいました。

Iさんは退職する日に「ここ、本当にひどい会社だからね。近いうち君も去ると思うよ」と謎の言葉を言い残し、ニヤリとほほ笑んで去っていきました。

もう一人の社員M君はブラック人間?ブラック社員のため?
パートさん達からは毛嫌いされた存在でした。

(少しフェイクを入れます)
Iさんから聞いた話では、M君はとても悲惨な人生を歩んできたとのこと。

彼は北関東某所の生まれ。
幼い時に母親が他に男を作って蒸発。

以後、父親がひとりでM君とその弟君を育てていたらしいのですが、
四六時中酒を飲んでは子供にひどい折檻(せっかん)を加えるような
環境だったらしいのです。

※ あまりにも凄惨で悲しい描写なので、文章では書きません。

近所の人がそれを見かねて、民生委員と児童相談所に通報して保護され、兄弟二人揃ってどこかの施設に預けられて育ったそうです。

某企業の社長がたまたま仕事で北関東の某所にある施設を訪問した際に、M君兄弟の壮絶な人生を聞いてこの子たちのために何かできることはないのかと考えた末、ご本人が経営する会社の寮に住まわせ、仕事を与え、給料を払うことで育て直しをしてあげたい・・・ということでM君兄弟を引き取ったそうです。

しかし、M君兄弟は寮生活と仕事に耐え切れなくなって、そこから脱走しました。

どういう経緯かは分かりませんが、自分が働いている新聞店の先代の社長に引き取られたそうです。

M君は新聞配達の仕事に引き取られたのでまだマシだったようですが、弟君は仕事と称して街でチンピラをやっていたそうです。

たとえ施設で育った人でも、しっかりとした人生を送る方はいると思いますが、

M君兄弟の場合は、自分の名前をやっと漢字で書ける程度、簡単な四則計算でも指を使って間違えたり、ペンや箸の握り方を見ると「なんだこりゃ??」的なひどい握り方をしていました。

兄弟そろって会話が言葉足らず、思いやりの心がまったく育っておらず、人の気持ちがいまいち理解できないのかなという感じでした。

先代の社長が保証人となり、兄弟でどこかのアパートを借りて住んでいたようですが、ものすごい汚部屋で足の踏み場がないような環境でした。

もらった給料のほとんどは、お酒とタバコにつぎこみ、常にお酒の匂いをさせているような人で身なり・服装もコジキのようなひどい格好をしていました。

そんな見た目なので、新聞を配達する仕事はできても営業活動でお客さんを獲得することは難しかったように思います。

お金の計算があまり得意ではないのに、夜の店で飲み食いしては借金を重ねて、
返済を催促する電話が新聞店にかかってきたり、給料日になるとヤカラが乗った黒塗りの車が新聞店の近くに路上駐車してあって、M君は現金で給料をもらうと、すぐに黒塗りの車に乗ったヤカラのところに封筒を持っていって、いくらか返済をしているような姿も目撃されていました。

こんな方だったので、新聞店で働くパートの女性の方からは毛嫌いされていました。

そして、私自身も「なんて変なところに来てしまったのだろう・・・」と胃に穴が開きそうなくらいのストレスを抱えながら仕事をしていました。


話を戻します。

もう一人の社員M君は全くアテにされていなかったため、
パートさん達の慰労金問題でボス猿さんからこちらに色々と相談を持ちかけられたのですが、

私:「平日の昼間はこの新聞の仕事があるから、他の用事には行けません。法律相談に行くなら、誰か他の人が時間を作って弁護士のところまで行けばいいのでは?」と返答。

ボス猿:「そうですね、法律相談に行ってきます。」

数日後、ボス猿さんは本当に当時の求人広告を持って、弁護士の法律相談に行ってきたそうです。

もちろん、私は法律のことは全然知りません。
ただの素人です。

だから弁護士のところへ行くように助言し、
あとはボス猿さんが弁護士から聞いてきた話をここに書きます。


弁護士の見解としては、
労金を受け取る権利はあります。でも、その前にもう一度経営者と従業員で話し合いの場を設けてください。折り合いがつかないなら調停か裁判で争えば受け取ることはできるという内容でした。

何よりも当時の求人広告が証拠として残っていたことが大きいそうです。

先代が「慰労金10万円を現金で支給する」と宣伝して雇った従業員たちを、経営を引き継いだ息子さんがそのまま雇用するということは、契約や約束もそのまま引き継ぐということ。
もしも、慰労金の支払いを拒否するなら、先代から経営を引き継いだ段階で、古い従業員を解雇して、自分でまた新しい従業員を雇用すれば良いだけの話。

仕事内容は先代のときと同じようにやってほしいと従業員に指示しながら、
広告で大きく宣伝した慰労金は払わないというのであれば、それは誇大広告や嘘になる。

ということでした。

同時に別の問題が起こりました。

弁護士は慈善事業ではありません。
裁判をやるなら着手金をいくらか払ってからでないと、動くことはできないというもの。

一人あたり10万円を取りたいがために、着手金はどうするの?誰がどうやって払うの?

弁護士に色々と頼んだり、裁判所に行くのは、平日の昼間になるけどそれは誰がやるの?

多くのパートさん達は慰労金の10万円を手にしたいと考えて、勤続3年を頑張ったわけですが、

パートさんの中には、違った意見を持つ方が数人いました。

パートのNさん:「他の人はご主人が働いているんだから、収入的には何とか暮らしていけると思う。でも、私はバツイチだし、小さな子供を育てているシングルマザーなんです。新聞配達の仕事は時間の割に収入がいいからこの仕事を手放したくないです。母にお願いして、夕方から子供の面倒を見てもらいながら、私は他の仕事を掛け持ちしていて、その仕事を終えてから新聞配達の仕事に来ています。10万円の慰労金で揉め事を起こしたことで、この仕事をクビにでもされたら、収入の道が断たれてしまうし、そちらの方が損害が大きい。なので、私は揉めたくない。ボス猿さんの意見は分かるけど、慰労金がもらえないならそこは諦めるし仕方がないと思う。そもそも、3年続いた人に慰労金をあげるっていう考え方そのものがおかしいでしょ?人が定着しないから慰労金というエサで釣るんでしょ?私は子供がいるからこのまま働き続けたい」

こういったNさんの考え方に共感しました。
もしも、揉めたことでこの方が仕事を失ったら誰がその分を補填するのでしょうか?
おそらく誰も助けてくれないでしょう。

私自身も、自分の仕事が順調に進めばそれでいいわけで、
パートさん達のこういった騒動に巻き込まれるのは本当に頭が痛かったのです。

ボス猿さんの意見は違いました。
「Nさん、私に反抗するわけ?Nさんも一緒に戦わなければダメよ」

私は、新しい経営者の方ばかりに問題があるとばかり思っていましたが、
徐々にボス猿さんの方にも問題があることに気付いてきました。


今日はこの辺で。


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