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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

(続) 高校2年生のときの話 3 付き合う友達の意味について考えた

人生の軌跡

高校2年生のとき、工業高校の電気科から通信制の高校へ転入しました。

通信制で勉強しながら、平日の昼間はスーパーで商品管理や検品のアルバイトに励む日々を過ごしていたときの話で

周囲の環境や付き合う友達について、とても考えさせられるエピソードです。

悪い方向に引きずりこむような人は友達とは言えません。
縁を切るべきです。



当時、毎週火曜日と日曜日にスクーリングと呼ばれる授業がありました。

日々のレポートとスクーリングだけでは勉強が分からないという方のために、毎週金曜日の夜は地域の公民館を借りて皆で勉強を教え合う自主学習会のような場がありました。

通信制高校まで勉強しに来るようなシニア世代の方は、若いときに家庭の事情があって、進学できずにやむを得ず働かざるを得ない状況だったような苦労人が多かったように記憶しています。

当時は叶えることができなかった高校卒の資格を得るため、家庭と仕事を両立させ、一生懸命勉強に取り組んでいた方を多く見かけました。

その一方で、若い人は自分のように何かの事情があって全日制の高校から転入してきた現役世代や、精神疾患や登校拒否、ヤンキー、中卒で就職して職場の命令で無理矢理勉強させられているような人などが在籍していました。

私は、現役高校生のままで転入してきたので通信制の勉強が分からないということは無かったのですが、友達と交流する機会が欲しかったために、勉強会に顔を出していました。

書類上が高校生というだけで、私も含めてほとんどの人が平日の昼間は仕事を持っておりましたので、それゆえに随分とお金やクルマを持った高校生だったのは間違いありません。

通信制は入学のハードルが低いのもあり、クセのある問題児や問題中年、だらしない人が多かったのも事実で「落伍者の集まりだ」と揶揄されたことがありました。

毎週金曜日の勉強会のあとは必ずと言っていいほど皆で課外授業と称して、カラオケ、ゲームセンターやナイトクラブなどに出かけていました。

私は選択している教科の全てについて予定を把握し、レポート・スクーリング共にこなしてアルバイトもきっちり行ってから、遊んでいたので何の支障も無かったのですが、

若い世代のほとんどがここで惰性に流されていました。

せっかく勉強会に来たのに勉強せずに集団で遊ぶだけ遊んで、単位を取ることができなかった・卒業できなかったという人を多く見てきました。

ゲームセンターやナイトクラブの騒音、酒やタバコ、香水の匂い・・・

こういう場所へ連れて行かれる度に気分が悪くなると共に
「こんなの何が楽しいんだろう?なんて無駄な時間と金なんだ!」と冷めた目で周囲を見ていましたし、

勉強が進んでくるにつれて、徐々についていくことができず、勝手に姿を消して行く人たちを尻目に見ながら自分は信じた道を淡々と歩いていました。

「この人、嫌だなぁ」と思った人はほぼ全員、自動的に居なくなってくれました。


自分の場合、付き合う人によって人生が左右される部分があって、
悪い人と巡り合ってしまうと、こういった人間関係の泥沼のような世界に引きずり込まれてしまうので、本当に気をつけなければならないなと考えさせられました。


あ、その勉強会に出てみて良かったことがひとつだけありました。
(以前の投稿にも書きましたが)

一つ年下の女の子・Yちゃんと出会って、勝手に片思いをして仕事で頑張って稼いだお金でティファニーのボールペンをプレセントしたことです。

両想いになることはなかったのですが、好きな人の為に仕事を頑張って、それで何かプレゼントをするというのは、生きるための原動力になることを学びました。

自分はいつかまた、好きな人のためにもきちんと仕事をして
稼いだ給料は全部渡せるくらいになりたいと考えています。




え?ティファニーのボールペンよりも貴金属が欲しい?

もっとお値段が高いものをくれ?

そうですか・・・・

そういうことを平気で言っちゃうようなあなたには
中華製のボールペンでもプレゼントしておきますね

ラオス国立大学内にあるBook Shop という売店で
5,000kip (日本円でおよそ70円)。

すぐにつかなくなります。

こんなんでよければいくらでも差し上げますね^^


ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ ! (今日はもう休もう!)

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