肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

(続) 中学2年生のときの話 心の中に居座る亡霊

心の中にずっと居座り続ける亡霊のような記憶を昇華させたくて、このような記事を投稿しています。


自分はこういう人間ですということを表現するためにも書いています。

以下、本題となります。

中学1年のとき、担任の先生やクラスメイトに恵まれて楽しい日々を送っていたのですが、中学2年でクラス替えがあってからは状況が変わってしまいました。


小学4年生の遠足のとき、スリングショットというゴムをひくおもちゃにパチンコ玉を仕込み、離れた場所から私を狙撃してこめかみに命中させたN君が同じクラスになったからです。

危うく失明させられるところでした。

N君ってどんな子?

  • 彼の両親は教師。
  • 両親の力もあってか、学校内での彼の評判は良い方だった。
  • もともといじめっこ体質。
  • 被害者の会ができてもおかしくないほど、他にも餌食にされた人がいた。
  • 自分よりも下だと見なした者はとことんからかう。
  • 習字の道具を貸すと、汚されたままで返してくる。
  • 卓球のラケットを貸すと、投げたり叩きつけたりする。
  • ぞんざいに物を扱うので貸すのを断ったら、それを逆恨みされた。
  • 人を扇動することが好きな人。


そういえば、パチンコ玉でこめかみを狙撃されたとき、彼の両親は謝罪に来ませんでした。
当時の担任の先生が彼と彼の両親を諭したものの、こちらに対しては電話で謝ってきただけでした。

全員とは言いませんが、両親が学校の先生っていう子の多くは
何かが変わっているような気がしていました。

他人の物をぞんざいに扱うという行動は棚に上げ、
中学生になってからも当時の出来事に対してずっと遺恨を残しているようでした。

同じクラスになって彼がこちらにしてきたこと。

それは、クラスを動かすような中心的なポジションを陣取ってから、陰から皆を扇動するようになったのです。

彼は皆に「あいつをはめようぜ」「あいつを学級委員にしちゃおう」と陰で言いまくりました。

そのおかげで学級委員を決める投票の結果、圧倒的多数で私が学級委員にされてしまいました。

しかし、それだけで終わることはありませんでした。

次は各クラスの学級委員が集まって、学年委員長を決めるのですが、
そこにもN君の影響力があって、私はその役職にもなってしまいました。

彼は他のクラスの学級委員たちをも扇動したのです。

N君がなぜそこまでこちらを標的にしたのか、大人になった今でも理由が分かりません。

彼の心を刺激する何かを自分が持っていたということでしょうか。
それは彼に聞かないと分かりません。

小学生や中学生のとき、集団の中では目に見えないヒエラルキーが存在していました。

  • とにかく足が速い奴は人気者でモテる。
  • サッカー部に所属していてチャライ見た目をした奴が上。
  • バスケやバレー部でレギュラーを取ったようなチャライ見た目した奴らも上。
  • 身体が大きく、勉強や運動ができて声が大きくて明るい人が中心となってクラスを動かす存在。
  • 勉強ができる人も上。
  • 柔道部で身体が大きくて強い奴らは一目置かれる。
  • 勉強や運動があまりができないような奴は下。
  • 目立たない奴も下。

だいたいこのような感じでした。

きっとN君は私が学級委員になって困惑している様子を見たかったのでしょう。

私は学級委員や学年委員長の仕事も難なくやり切って見せましたけど。

格下の誰かを餌食にしないと気が済まない彼はどう感じていたのでしょうか?



私の心の中には、小中学生時代にからかってきた奴らや
(自分の)父親に対する恨みのようなものが今でも消化しきれずにくすぶり続けています。

当時のことを思い出すだけで、気分が悪くなったり呼吸や胸が苦しくなることがあります。

私は少しだけ武道空手道(着衣総合格闘技)をかじった経験があるのですが、
また再開しようかなと考えています。

亡霊のように心の中に居座り続ける記憶をなんとかするため?

昔のそういった奴らよりも心身ともに強くなって、
いつか心の中でそいつらを返り討ちにしてやりたいという気持ちがあるから?

許されるんだったら、そいつら全員呼び出して
試合会場の中で一対一の対決をしたいくらいです。

自分の父親からは、しつけや教育と称してひどい目に遭わされました。

今だからこうやってブログ上で書きますが、
当時は灯油のストーブを家で使っていたので、灯油を父親が寝ている布団にまいて
火をつけてやろうかと本気でリベンジを考えたことがあります。

強く思ったものの、実行はしませんでしたが・・・。


学校でのいじめっていうのも、いじめた当の本人は忘れてしまっているようでも
やられた相手の心の中では長い時間にわたってくすぶり続けます。

一時期、私は警察に捕まってもいいから、そいつら全員に対して一矢報いたい、
リベンジしたいと強く思っていたことさえあります。

特にN君に対しては、顔面へのパウンド連打(垂直降下パンチあり)で
お返ししたいと考えていました。

パチンコ玉で顔を狙撃してきたこと、
危うく失明させられるかも知れなかったこと、
クラスの皆を扇動し、学級委員にさせられたこと
他にも被害者がいたこと・・・・

いじめによって撒いた種はいつか本人が刈り取って欲しいと考えたからです。

でも、こうやって誰かを恨み続けること、リベンジしたいと思い続けることって
実は自分も苦しくて大変なのです。

何か良い形で過去のそういう思いを昇華できたらいいなと思っています。

それがまた、人生の課題のひとつとなっています。

自分がいじめっこ達に対してリベンジしたいと考えているように、
他の誰かもまた、自分に対してリベンジしたいと考えていることだってあるのかも知れません。

常にそういう目線で物事を考えることも大切です。

ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ ! (今日はもう休もう!)

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