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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

利益を上げられない人・生産性のない人は存在してはいけないのか?

雑談

まとめ。

  • 社会や会社では利益を上げられない人や生産性のない人は「○んでしまえ!」みたく言われます。
  • 別に○ぬ必要はないと思います。
  • 100%純血の集団など、最初から存在するわけがない。
  • どんな集団でも足を引っ張る人がいるのが当たり前。


在宅でラオス語を翻訳する仕事をやっているものの、ほぼ開店休業状態に陥っています。

仕事が欲しいということで企業を相手に営業をしています。
数字で言うなら100回言って、そのうち3回くらいが決まればいいような状況です。

あとの97回くらいは、相手から無視されて何の音沙汰もないくらいです。


先日、在庫で10万冊くらい置いてあるような大型書店に行き、コンピューターでラオス関連の書籍を検索してみたところ、たった2冊しか置かれていないことが分かりました。

本屋さんで見かけたこの光景が、ラオスに対する世間の認識だなと感じました。

でも、ゼロではなかったことに気付いて希望も見えました。

わずか数%でも必要だと言う人がいるからこそ、本を作る人がいて、お店に陳列されているわけです。

本当に必要のないものなら、最初から本など存在していなくて、お店で並ぶこともないでしょう。

私は、せっかく身に付けたラオス語の能力を無駄にしないためにも、諦めることなくこの仕事を求めていこう、ほんの数%の人でも必要だと言ってくれる人がいる限りはやめることはないと決めました。

あと、翻訳や通訳に限らず、お金にならなくたっていいので、人生やラオスでの体験談を表現していくことで誰かのためになるようなことをしたいと考えるようになりました。


ただ、現実の生活を考えると、収入的にはとても厳しいため他の仕事も探しています。

仕事をしないで家にいれば「このニートめ、いい加減に働けよ」と言われます。
インターネットに接続されたパソコンで仕事を探している風景を見ても、家族からは「遊んでいるのと一緒」と何も信じてもらえません。

仕事をしたいと就職活動をすれば、履歴書を返送されたり定型文のお祈りメールが届くばかりです。

届くのは定型文ですが、応募した企業の中ではおそらくボロクソに言われているのかも知れません。



社会の縮図で言えば、特定の人に仕事が集中して休む間もなく馬車馬のように働かされて自殺してしまう人がいる一方で、

仕事にありつけなくて自殺を選んでしまう人も一定数います。

結果はどちらも自殺ですけど、明らかな偏りを感じてしまいます。


私は今まで曲がりなりにも正社員としていくつかの会社で働いた経験があります。

どこの会社に行っても100%純血の集団ってありえないと思いました。

(野球でいう)エースで4番バッターみたいな選手だけで構成された集団などありえないし、

有名な大学を卒業しても、全員が官僚やエリートビジネスマンになることはないでしょう。

警察官や学校の先生が100%の聖職者かと言われれば、事件を起こすようなトチ狂った人だって一定数いるわけですし、

アウトローの世界にいても、良心の呵責に耐えかねてその世界から足を洗って一般社会に戻ろうとする人もいるわけです。

ただ、どこの社会や会社に居ても100%になるように尻を叩かれ、罵詈雑言を浴び、
利益を上げられない人、生産性のない人、思ったような結果を出せない人は「○んでしまえ!」くらいに言われるのが今の世の中では当たり前となってしまった感じがします。


ブログの文章にも迷走しているところや苦しい心境がにじみ出てしまっていますが、それでも模索しながら進んでいこうと思います。

 

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