肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

(続) 小学校6年生から小学校卒業までの話

小学校時代の続きです。

  • 小学校6年生のとある休み時間にサッカーをしていたとき、友達とぶつかってしまった拍子に左腕を骨折しました。小学校生活の中で2度目の骨折を経験。
    やはりギブスで固定されたりしましたが、右手小指を骨折したときよりは痛くなかったです。

  • 当時は担任の先生が「しつけ」「教育」と称した暴力をふるうことがありました。

  • 掃除の時間中にちょっと遊んでいたことを同じクラスの子から密告され、先生がお怒りになりました。

 

  • 先生は威嚇するためにこちらの目の前でゴムを伸ばしながら、説教をしていたところ、思わず指からゴムが離れてしまい、こちらの目にゴムが思い切り当たってしまいました。瞬間的に目をつぶったので、まぶたがミミズ腫れになってしまった。目に直撃していたらどうやって責任を取るつもりだったんでしょうか。

 

  • 他にも真夏の焼けたプールサイドで長時間正座をさせられたり、ヒザの後ろにほうきの棒を入れられた状態で正座をさせられて、上からゴリゴリと押さえつけられたりとか、今の時代だったらすぐに問題にされてしまうようなことでも、当時は割と問題がなかったように感じます。

  • そもそも自分が悪かったから、先生はそのような体罰を思いついたわけですし。

  • 自分は小学校6年生くらいから、勉強が分かるようになって成績が良くなったり、身体つきが大きくなって運動神経が少しずつ良くなってきたので、クラスの子からからかわれることは徐々に減っていきました。
    (それでも、一部のクズからちょっかいを出されることはありましたが気にしませんでした。)

  • 当時は成長期だったのと、教育やしつけのためでもあったのでしょうか?先生の方針で真冬でも短パン姿で運動場を何周も走らされた記憶があります。あれはキツかったのですが、今になって思えば心肺機能や筋肉をつけるための良い訓練であったように感じます。

  • たしか、小学校5~6年生くらいのときにファミコン(ファミリーコンピューターという家庭用のゲーム機)でドラゴンクエスト3やスーパーマリオなどが流行した時代でした。小学校の卒業文集はクラスの代表者が表紙に絵を描いたのですが、ドラクエ3のキャラクターを上手に描いて、「そして伝説へ・・・」というコメントが挿入されていたのを今でも鮮明に覚えています。

  • こんな感じで小学校6年生の頃は時間が過ぎて、卒業していったように記憶しています。
  • 何年か経ってから、自分が大切に保管しておいた小学校・中学校のアルバムや文集などは父親が全て捨ててしまったので、もう手元にはありません。

  • まぁ、そういったものを捨てられたときは非常に大きな衝撃を受けて悲しい思いをしましたが、今となっては辛かった思い出もまとめて捨てたんだと考えるようにしました。

  • アルバムや文集が見たければ、誰か同級生に連絡を取って見せてもらえばそれでいいやと納得できたからです。


今日はもうこの辺で休みましょう。


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