肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

(続) 小学校4年生から6年生までの話

昨日の続きです。

勉強、運動共に成績が悪くて、体格が小さくて鈍くてトロかったことから
同級生からからかわれたり、家で父親から叱られる場面が多かったです。

  • ある日「お前と同じクラスの○○君は勉強も運動もすごくできて成績が良いのに、お前はなんでそんなに何もできないんだ?比べてみて何が違うか言ってみろよ」と父親から聞かれて
    正直に、「親が違う」と返答したところで父親がキレました。
    おかげでその日は晩御飯抜きにされました。

  • 算数の宿題で掛け算を使った文章問題がどうしても分からず、家で怒鳴られながら教わったことがあります。なかなか問題が解けなかったので、一時休憩。

  • 休憩時間に父親が、財布からいくらかのお金を出して「お前、これでみんなの分のお菓子や飲み物を買ってこい」と言われて買い物に行きました。

  • 帰宅後、買ってきたものを父親に渡したら「お前は食うな。勉強も分からないようなバカは菓子を食うな」と言われて、家族の皆がお菓子を食べている中で自分だけ食べさせてもらえなかったことがありました。

  • 大人になって力がついたときに、この分は絶対に仕返しをしようと決め、一生、根に持ってやろうと思いました。

  • このころ父が仕事を終えて家に帰ると、うっぷんを家族にぶつけたり八つ当たりするのが嫌だったので、学校が終わってからの時間は色んな友達の家で遊んでいました。父親が怒鳴り散らす家に帰りたくないってずっと思っていました。

  • それでも、帰宅しなければいけないので、遅い時間に帰宅したら猛烈に叱られました。それで、子供なりに反抗したら、柔道経験者の父親に思い切り投げ飛ばされました。畳ではなく、フローリングの床の上でそのまま抑え込まれました。泣きながらごめんなさいと言うまで相当な力で抑え込まれました。柔道はもちろん、受け身をとることも知らなかったので、投げられて背中を打ったときに感じた痛みと呼吸が苦しかったのは今でも忘れられません。子供にとって、170cm,100kgの大人がのしかかってきたわけですから。

  • 運動や勉強で結果が出せずに身体も小さかったことから小学校4年生くらいまでは学校でいじめっこ達からからかわれたり、自宅でも父親が厳しくてかなり辛かったです。よく布団に入ってシクシクと泣いていました。

  • 小学校5年生になり、近所にある塾に通い始めました。少しずつではありますが、成績が上がっていったことを覚えています。勉強のことで叱られることは減りました。

  • その代わりに、7月中に学校でもらった夏休みの宿題を全部やれとすごい剣幕で脅されるような口調で言われたことがあります。母方の祖父母が三重県に住んでいたので、毎年の盆と正月は帰省していたのですが、宿題を全部終えないとそこに連れて行かないぞと脅迫でもされるかのような口調で言われ、恐怖に脅えながら宿題を仕上げました。

  • 家では父親が暴君そのものでした。時々、両親の間で何かがうまくいかなかったり、気に入らないことがあったようで、父親は母親に暴力をふるっている姿をよく見かけました。母親はよく泣かされていました。自分は一刻も早くその場から逃げだしたいという気持ちでずっと過ごしていました。

  • 大人になってから、自営業で働く父親よりも会社員として働いている母親の方が年収が高かったことを知りました。母親はそれでも離婚はしないと耐えていたそうです。

  • このころ、同級生はファミコン(ファミリーコンピューター)という家庭用のゲーム機を親に買ってもらっていたようですが、我が家は厳しかったため買ってもらうことはできませんでした。

  • 近所のスーパーで買い物をすると決まった金額ごとに「グリーンスタンプ」という紙切れをもらえるので、それを集めてはスタンプ帳に貼り付け、それを何冊も貯めてようやく同じゲーム機を手にしました。

  • 家にゲームが来てからは、とてもうれしかったので他の兄弟と一緒になって毎日何時間も遊んでいました。

  • 母親が「やめなさい」と言ってもなかなかすぐにやめることはできませんでした。ゲームに熱中しすぎていたら母親が「やめなさいって何回言ったら分かるの?」と言いました。それを無視していたら、父親が急にキレ始め、自分や他の兄弟からゲーム機を取り上げ、後ろの配線をすべてペンチで切ってしまいました。怒りが止まらなかった父親は何を思ったのか、急に部屋の窓を開けて、大きなテレビを持ち上げてそれをそのまま外へ投げ捨て、おまけにゲーム機や持っていたカセット類、他のおもちゃ関係まで全部を外へ投げ捨ててしまいました。大雨が降っていた夜だったので、外へ投げ捨てられたものは全部使えなくなってしまいました。

  • 鬼の形相だった父親の顔は一生忘れることがないでしょう。


  • 小学校5年生くらいから、同級生たちよりも少し早めに変声期になり、体つきが少しずつ変わっていきました。同時にアゴに少しずつひげが生えはじめました。
  • 自分は鏡で顔を見る習慣があまりなかったので、同級生からこのひげのことをすごくからかわれて、大きなショックを受けました。同時に、家で一緒に暮らして毎日顔を合わせていた両親を恨みました。毎日、顔を合わせていたのに、子供のこういう変化には全く気がつかなかった(というか観察していなかった)からです。

  • 普段からろくな会話もせずに、怒るばかりの両親に対して「実はあまり顔を見てくれていないんだな」と感じました。

  • 子供のころ、私は家や学校で誉められた経験がありません。家では怒鳴られ、学校ではからかわれる毎日が嫌で仕方ありませんでした。

  • 自分が小学校低学年くらいのころ、両親が家を新築で建てたばかりだったので、両親ともに住宅ローンの返済で躍起になっていて、子供のことは細かく見られなかったのかなと、大人になってから思いました。

  • でも、子供のときは家庭のそういった事情は理解できるはずがありません。
    当時、着ていた服も新品を買ってもらった記憶はほとんどなくて、どこかからっもらってきた古着か兄弟のおさがりを着ていただけでした。



    キリがないので、今日はこの辺で。


     

 

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