肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

電気工事士としての現場経験 他

まとめ。

  • 今の自分の売りはラオス語である。
  • 過去に電気工事業の会社で正社員として働くも、職人が持つ独特の世界観に慣れず、うつ状態になって数年で退社。
  • そのとき積んだほんの数年だけの現場経験+独学で第二種電気工事士第一種電気工事士を取得している。
  • 今はラオス語の仕事があまりないので、アルバイトでもいいからまた電気の仕事に関わることができるのだろうかと迷走中。

 

生きていくため?安定した生活のため?
脅迫観念にとらわれたかのような感覚で、何かの資格を取らねば生きていけないと考えていた時期があります。

「資格が無ければ生きていけない。どうしても電気工事士になれ」「電気の仕事は絶対に無くなることがない」と言われ続けてきたことが大きな原因です。

そんな影響が根底にあって、私は過去数年の現場経験+独学で第二種電気工事士第一種電気工事士の資格を取得しました。


現場で作業するのに必要な高所作業車、フォークリフト、小型移動式クレーン玉掛けなどの技能講習も修了しています。

履歴書の資格欄に書けるような資格を取ることで、目に見えない幻想を追いかけていたのかも知れません。

資格試験に合格し、両親が喜んでいる姿を見て「やっとこれで資格を取れと口うるさく言う人がいなくなる」と思って安心したのも事実です。

第一種電気工事士は、定められた事業所で所定の実務経験5年以上を経てから申請をしないといけないので、厳密に言うと筆記と実技の合格証明書を持っている状態となっています。

私は、下記の条件に当てはまっています。
以下、引用します。

電気工事士の資格と範囲 | ECEE 一般財団法人電気技術者試験センター

第一種電気工事士試験の合格者は、簡易電気工事については、産業保安監督部長等に申請して認定電気工事従事者認定証の交付を受ければ、第一種電気工事士試験の合格者は免状を取得していなくてもその作業に従事することができる。

引用終わり。

無資格・無知識・未経験の人が見よう見まねで電気工事を行った場合、誤結線等が起きて火災の原因になります。ド素人の方が電気工事に関わるのは絶対におやめください。そのための国家資格です。


以前、勤めていた電気工事業の会社は総勢7名くらいの小さな会社でした。

ひとことで職人さんと言っても、色々なタイプがいるようです。
私が勤めていた会社の職人さんは朝に「おはようございます」を言ったら、次に声を出すのは夕方に「お疲れ様でした」というくらい口数がほとんどないようなタイプの方ばかりでした。

それが職人の世界だと言われれば仕方がないのでしょうが、笑顔も会話もない環境はなかなかの試練でした。

もちろん、現場を進めていく上で最低限必要な打ち合わせや大工さんや他の方との会話はありましたが、

無口な職人さんと一緒に働いていると「仕事は見て覚えろ」「教える気はない」と言うだけで、自分が覚えたことが正しいのか間違えているのかさえ分からないような状態で下積みをやっていました。

別に手取り足取り教えてくれとは言いませんでしたが、職人さんが無口すぎて「察して動け」という考え方に嫌気がさしていました。

もしも職業が違ったとしても「いちいち教えないから、見て覚えろ」という考え方を持った方とは相容れない仲になると思います。

職人が口で言って教える→職人がやって教える→若手にやらせてみる・・・という一連の流れで進めていけば、たとえ覚えるときに時間がかかったとしても、若い人が仕事をマスターできれば周りの人の負担が軽くなると思うのですが・・・。

職人さんの見解が昔かたぎの考え方だったのでしょう。
「見て覚えろ」なんて時代錯誤も甚だしい。


一言で電気工事業と言っても、勤める会社や職人さんの性格が違えば現場作業のときに「アホ・ボケ・カス・てめぇなんかやめちまえ」と大声で罵られるのは当たり前で、おまけにペンチやドライバーなどの工具を投げつけてくる人が普通にいたくらいなので、自分はそれが無かっただけでもある意味有難いのかなとは思います。

精神的にへこんだのは、自分が現場で間違えた施工をしてしまったときに、いつの間にか職人さんが無言でそれを直していたこと。

自分の施工したところの間違いを叱責されるでもなく、注意すらされなかったことです。

これは本当に落ち込みました。

「お前ここが違っていたぞ。ちゃんと直せよ」と注意されながら正しい方法を覚えてくのが現場の経験ではないかと思います。

会話の無い仕事でうつ状態になって、仕事の時間外でもストレスで顔が青白くなっていて、どこで何をやっても「死んだ魚の目みたい」と言われるなど落ち込んだ日々を過ごしたことがあります。

結果的には精神的に参ってしまって短絡的に会社を辞めてしまいました。
両親が情けないと泣いていましたが、
その後、合法的に見返してやりたいという気持ちが強かったので、
独学で第一種電気工事士の試験に合格し、

その職人さんと偶然出くわしたときに「第一種の試験は筆記、実技ともに一発で合格しましたよ。」って言えたときは少し気分がスッキリしました。

その職人さんは第二種電気工事士までしか持っていなかったのと、
第一種は何回チャレンジしても合格できなかったからです。

実は今でも考えが迷走することがあります。

ラオス語の仕事で定期収入がなかなか得られない今、
電気工事業の仕事で、それもアルバイトでもいいからまた働けないのかなと考えることがあります。

うーん、どこで何をしてもいいけど
働かないとなぁ、収入を得ていかないとなぁ・・・。

ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ! (今日はもう休もう!)




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