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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

他人の芝は青く見えてしまうのか?

心の問題

まとめ。

  • 多くの人が幼いころに抱えた理不尽な心の問題を引きずったまま大人になっている。
  • 時々、自分と他人を比較して境遇についてうらやましいと思ったり共感することはあるが、立場を交代してあげることはできない。

 

先日、子供のときに受けたトラウマが今でも足かせになっているという記事を投稿しました。

要約すると・・・幼いころ、自分の父親には愛人がいました。働いて稼いだお金の使い道は将来のために貯金するのと、愛人にあげるのがメインでした。
子供が大学に進学するとお金がかかってしまい、自分が自由に使えなくなってしまうので、子供の反抗は一切許さずそのうえ進学させないようにした。大人になってからそれを知って愕然とした。

というもの。元の記事はコチラ。

http://translationlao.hatenablog.com/entry/2016/12/12/150000


現役世代で大学に進学できなかったため、日本で親からの愛情や経済面、色々な環境に恵まれて大学に進学して、その後就職を勝ち取った境遇の人たちをずっと心のどこかでうらやましいとか、嫉妬さえ感じていました。


日本という国は、挫折を経験せずにストレートで大学に入って無事に卒業できた人にはチャンスやレールがありますが、そこから外れた人はもう二度とレールには戻れないのかも知れませんけど・・・。

こちらは、最初からそのレールすらないですからね。
何とか生きて行くしかありませんでした。

 

ラオスに滞在していた5年間、現地で知り合った日本人の多くが日本で非常に高い学歴を持っていることをうらやましく感じ、やはり嫉妬をしてしまいました。

親に向かって、塾へ行きたいと言えば気持ちよくお金を出していただいただろうし、家庭教師をつけてほしいとか、テキストや参考書が欲しいと言えば惜しみなく投資してくれたのだろうと思います。

でも、あるとき日本で超がつくほど学歴の高い方と世間話をしたときに、
全く予想できないことを言われました。

あなたは全く分かっていない。世間や他人が見れば学歴はうらやましいと言われるかも知れない。親の教育っておそろしいの。私や同級生たちは、幼いころからずっと親から東京六大学関関同立のどこかに行け、それ以外は認めないだの、国家公務員の1種か2種のどちらかを必ず取れだの、銀行員になれだの、物心ついたときからずっとそんなことばかり言われ続けてきた人ばかり。

勉強なんかしたくなくて、高校を出たら働きに出ても良いくらいに思っていたけど、それは許されなくて、親から脅迫でも受けるかのように勉強せねばならなかった人だって世の中にはたくさんいるんだよ。反抗なんかしたらどんな目に遭わされたのか、たまったものではない。所得の高い両親から医者や弁護士のどちらかになれって尻を叩かれながら、ヒーヒー泣きながらでも勉強させられてたような人がかなりいる。

と言われました。
それもなかなか大変だっただろうなぁと思いました。
親から決められたレールがあって、それ以外は認められないというのも何か変だなぁと思います。自分がそうであったように、この人たちも親に反抗できなかったんだなっていうこと。


こういう経験談を聞いてみて、何とも言えなくなりました。

本人たちはイヤイヤ勉強していたのかも知れませんし、親に反発も抱いたのでしょう。

しかし日本国内の名前の通った大学や大学院を卒業したことを
堂々と履歴書に書けるっていうのは現実にできているわけで。

はてなブログを毎日つけている中で、色々なブロガーさんの記事を読んでいますが、

「あーこの方は作文が上手だな」とか「色の使い方やレイアウトが上手だな」と関心を持って見ている方が何名かいます。


ご本人たちは「そんなことないよ」と謙遜するのかも知れませんが、

きっと大学受験や大学院のときに寝食を惜しんで猛勉強を重ね、小論文の書き方や、何文字以内に要約しなさいとか、短い文章で効果的に伝える表現などを学んでいった結果なのかなというふうに解釈していますし、

大学や大学院でも多くの専門書に触れて、日本語で上手な文章を書くということを鍛錬した結果、ブログでもそういった文章を表現できているのかなと捉えています。

そういう方たちは、過去の努力を無駄にせずに今のために生かしていただきたいと思います。

自分もラオス語に関わる仕事で何とか収入を得て行けるようにしたいと思います。

ラオスで知り合った日本人の方から言われ、今でも大切にしているのは、
「過去なんかどうでもいい。大切なのは現在とこれからの未来です。」ということ。

ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ! (今日はもう休もう!)

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