肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

産後クライシス離婚からおよそ10年

まとめ。

  • 年明けの引っ越しに備えて不要なものは処分し始めている。
  • 荷物をまとめていたら、(前妻との間に生まれた)子供の写真が出てきた。
  • ゴミと一緒に(写真を)捨てるか・残しておくかで葛藤している最中。
  • 産後クライシス離婚から10年くらい経ったなと思い出した。
  • 子供のことはいくら願っても現実に叶わないので、思い続けるのは苦しい。

年明けに引っ越しを控えているため、すき間時間を狙っては少しずつ要らない荷物を処分しています。

荷物をまとめていたとき、(前妻との間に生まれた)子供の写真が出てきました。

思わず片付けの手を休めて昔の写真に見入ってしまいました。

当たり前の話ですが、後で離婚するつもりで予定を立てて結婚する人はいないと思います。

自分は出産の立ち会いを経験していて、分娩室で生まれたばかりの子供を初めて腕に抱いたとき、感動で人目もはばからず泣いたことがあります。

不器用ながら自分なりに子供のことは可愛がったつもりですが、当時の妻や同居していた姑との関係、メーカー系の営業職として出張で日本全国を回っていた仕事との関係、その他色々・・・

ここで全てを語りつくすことはできませんが、お互いに不器用な夫婦が何回も大喧嘩を繰り返した末に選んだ結論が離婚でした。

ここでは、あくまで私個人の勝手な意見や体験談を綴っています。

恋人→結婚→妊娠→出産→子育てという流れの中で、女の人は心と体の両面で色々な変化が起こりますよね。

出産から子育ては本当に忙しい時期になるので、心の余裕が持てなくなってくるというのは分かります。

自分も仕事と家庭の両立で頭を抱え、夫婦で話し合いをしました。

家事に協力すると言ったらブチキレる、
部屋やトイレの掃除をすれば、やり方が気に入らないと吠える、
食事の支度をすれば、野菜の切り方が気に入らないと吠える、
買い物に行けば、なんでこんなものを買ってくるのかと言われ、
仕事に行くときのスーツやネクタイの色が許せないと言われ・・・

とにかく旦那の存在そのものが気に入らない、
やることなすことが全て許せないと言われました。

当時は理解不能でしたが、何年も経ってからこれが
産後クライシスの状態ということを知りました。


「俺は家事をやってもいいのか?やってはいけないのか?邪魔なのか?何なんだよ」と子供の前で口論したことがあります。

こんなことを経てから、お互いに顔も見たくなくなり、
寝室は別になり身体の関係もゼロになりました。

今だったら、笑ってしまいそうなエピソードですが、
当時は夫婦そろって渦中にいたため幾度となく衝突を繰り返しました。

同時に、恋人時代や結婚したばかりのころと出産後を比較してみて、
想像もつかないような言動に戸惑いを感じたものです。

知りあったばかりのころは、
相手に良く思われたいという一心で外見・内面ともに装っていたのでしょうか?

とにかく、子育ての中で心身共に極限に追い込まれた状況の中で出てくるのが
その人の本性なのだということが分かりました。

人それぞれで意見は異なるでしょうが、
女の人って、結婚相手に何を求めますか?
例を挙げるなら、
経済的なもの、立派なマンションや家に住みたいとか、子供の存在など、
色々とありますよね。

もちろん、自分も結婚相手に求めていたことがあります。
それは割と定期的な身体の関係とか、
仕事から帰宅した後にもつ夫婦の時間とか、
子供のしつけや教育について話し合うとか、
子供と一緒に添い寝したいとか・・・色々ありましたよ。

壁一枚隔てた部屋になぜか離婚して独り身になった姑が転がり込んできて、
そこから同居するだなんて思ってもみなかった想定外の出来事でしたし。
あれが一番ストレスでした。


何回も衝突を繰り返していくうちに、
「おまえ、まさか子供が目当てで結婚しただけじゃないのか?」
「そうよ、本当のこと言って何か悪い?」
「愛情がないのに子供が欲しいだけで一緒になったのかよ?」
「あんたなんかいなくても子育てできるわ、男なんか居ても邪魔なだけ」

一度は愛し合ったはずなのに、お互いに心身ともに極限の状況の中で
こんなことばかり罵り合っていました。


今思うと、出産をきっかけに離婚に向かって突っ走っていたのかも知れません。


そんな子供も今は小学校6年生。3月には小学校を卒業です。

自分と子供の関係ですが、離婚して以来一度も会っていません。
お互いに街で会ったとしても顔すら分かりません。

同じくらい年齢の子供を見ると、自然と自分の子供に対する思いは
ますます強くなる一方です。

日本にいると子供のことが気になってしまい、
それでも会えないし、自分がいくら会いたいと強く思ったところで、
それが子供のためになるのか?成長の邪魔にならないのか?
などと考えて、ラオスで暮らしていた経緯もあります。

遠い外国にいれば、会うことは叶わないので、
そうやって自分を納得させていた部分がありました。

子供と会わない、会えないのに写真だけ持っているというのは
なかなか口では説明しがたいものがあります。

写真、捨てちゃおうかな・・・。

未だに答えが出せないでいます。

ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ! (今日はもう休もう!)

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