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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

人生をさまよい歩く難民になりたくない

心の問題

まとめ。

  • 自分に都合の良いことを言ってくれるカウンセラーを探し求めて人生をさまよい歩くような難民になりたくない。
  • 相談者とカウンセラーの間には相性の良し悪しや信頼関係が大切だが、依存の関係になってはいけない。
  • 大学院を出て臨床心理士を持っているようなカウンセラーが、必ずしも良いとは限らない。
  • たとえ無資格であっても、親身になってくれて話を聞いてくれるカウンセラーはいる。
  • スピリチュアル(目に見えない世界)を扱うカウンセラーってどうなの?
  • カウンセラーの世界は玉石混交。

例えば、車のことで悩みがあったら車屋へ、オートバイのことならオートバイ屋さんへ、というように悩みごとと相談窓口がはっきりと分かっている場合は良いのですが、

人生の悩みごとのように一目で見て分からないような世界はどこで誰に相談すれば良いのでしょうか?

人生において悩みがゼロという人はほとんどいないでしょう。
悩みや困難がやっと解決されたと思っても、また新たなものが降りかかってくるのが人生なのだと思います。

前進したいがゆえに、悩みごとを抱えてしまう部分もあるでしょう。

私は若い時から現在まで、色々と情報を調べて悩み相談に行った経験があります。

臨床心理士を持っているというカウンセラーが一方的にしゃべり倒してしまい、こちらがほとんど話せないまま制限時間が過ぎて、消化不良で終わってしまった。
→自分が途中でブチ切れて終了。もちろんお金は払ってきました。払いたくなかったけど・・・。

・突然、水晶の玉を買わされそうになった。
→もちろん買いませんでした。

・家系と名前、生年月日の組み合わせが悪く、生涯幸せになれないと言われた。
→自分の努力では全く変えられない要素なので、そんな悩み相談に行って激しく後悔。

・あなたの背後に若い女性の霊が憑いていると言われた。
→どこの誰?どんな服装?どんな髪型?具体的なことを聞いたけどそれは言えないと言うので、このカウンセラーは精神疾患かな?と思ってお金を払って途中で退席。

その他にも色々な方を調べては相談しに行くなど、人生をさまよって漂流していたような気がします。

今はネットでの検索が主流なので、悩みや困ったことがあっても気軽に情報を知ることができるのが良い面だと思います。

しかし、情報量が多すぎて振り回されてしまったり、自分の軸が無い人ほど情報に流されてしまったり、ネット上の罵詈雑言に触れて気分が悪くなってしまう場合があるなど、悪い面も見られます。

 

仕事・人生・家庭・恋愛・健康など悩みの内容は違っても、
カウンセラーのところへ行く場合は、

世の中には多様な価値観があるということをまずは認識する。
そのうえで、このカウンセラーはこのように言っているだけ。それが絶対正しいとは限らない。その意見を取り入れるのも捨てるのも実は自分の心が決めること。茶飲み友達や家族とは違うので、過度に依存しないこと。

というように、モニターの画面で自分の行動を客観視しているかのような冷静な視点を持っておくことが重要だと私は考えます。

お金が欲しいという理由だけで相談者を依存状態に陥らせ「また何回でも相談に来て」「続きは次回ね」「私のいうことは絶対だ、言うことを聞け」「一方的にしゃべり倒して、相談者にはしゃべらせない」
こんなカウンセラーこそ、善人のお面を被ったキツネそのものです。

カウンセラーの世界は玉石混交。
仕事が無くて悩み相談に行く立場なら、事前に相談料を工面するだけでも相当な負担になります。
「相談して良かった、話を聴いてもらえて良かった」などと心の底から思えるような結果になると良いですね。


ໄປກິນກາເຟນຳກັນບໍ? (一緒にコーヒーを飲みに行きませんか?)

ມື້ນີ້ພັກຜ່ອນ! (今日はもう休もう!)



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