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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

背に腹はかえられない

額に汗かいて営業しても実際に仕事を得ていくことができなければ、心身ともにやられてしまいます。

フリーランスにとって、年金や国保の重い負担は、まるでぷよぷよ(というゲーム)で、いきなり巨大なぷよがいくつも落下してくるようなものと同じなんです。


ラオス語の仕事は現実の生活がきちんとしてからにし、どこかへ働きに出ようと仕事を探し始めました。

今まで私は日本で正社員として会社に勤めた経験がありますが、歳を取るにつれて仕事だからという言葉を盾に誰かから怒鳴られたり、プレッシャーをかけられたり、その逆に自分が誰かにそうするのも苦しくて悩みが尽きない日々を過ごしてきました。

残業に次ぐ残業や罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐の中で何回も心の病になって、自殺を考えた事があります。生活のためとはいえ、給料が入っても心が満たされることはありませんでした。

一度は安定した生活を築いて結婚を経験し、子供にも恵まれましたが、結果は離婚して子供とも別れています。

そういったことを繰り返したくなくて、一人で翻訳をやろうと決めていたのですが、やはり現実の収入が厳しいです。


例えば、売れなくてもミュージシャンや芸人を目指している方が大勢います。
周囲に支えてくれる家族がいるのであれば、それを貫くのも人生ですが、自分の場合はそうもいきません。

ラオス語の仕事は諦めたわけではなくて、空いた時間にやればいいなというのと、言語の能力さえ落とさないようにしていればいつでもチャンスがあったら飛び付けるようにしておきます。

まずは地に足の着いたことをやらないと。

以前、人生の悩み相談をしたときにカウンセラーの方が言っていたことで、なるほどなと思ったのは、

幼い時から公務員の先生が「将来は安定した仕事に就いて、安定した生活を送りましょう」とは言ってくれますが、具体的にお金を稼ぐ方法を教えてくれるのとは違います。多くの人が正社員や公務員というのをひとつの身分制度のように考えていて、そこから外れた自分みたいなフリーランスはどこか異端の扱いをされるのが今の日本です。

色々と悩んだ末、楽になるために色々と割り切って物事を考えることにしました。

・別に正社員でなくても、何かの形で収入があればいい。
・恋愛はしたいけど、結婚は諦める。
・恋人を作ろうとか、そのためには何が何でも正社員だという考えは捨てる。
・別に独身で生涯を過ごしたっていいじゃないか。
・結婚や子供を諦めれば、家や子供のことを考えなくても良い
・正社員にこだわる必要が無くなれば、心の負担が軽くなる。

背に腹はかえられないですね。

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