肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

紆余曲折の人生をストレートに表現しています。

27歳のとき 結婚の約束と家族計画について話し合う 1

重心障害児のお宅でドーマン法リハビリプリグラムの介助ボランティアに行くようになり、そこで同じようにボランティアに来ていた女性の方と意気投合しました。徐々にお付き合いが始まり、同棲生活を送るようになりついに結婚の約束をしました。(※ここでは簡…

26歳のとき  同棲生活をしてみて良かったこと・大変だったこと

法学部卒の国家公務員として法律を扱う仕事をしていた彼女と同棲していたときに感じたことを綴ります。結婚前に同棲したいと考えている方たちの参考になれば幸いです。自分たちの場合、それぞれの父親に対する反発心があったので、同棲に関しては了解を得る…

26歳のとき  彼女と同棲生活

重心障害児のお宅でドーマン法リハビリプログラムの介助ボランティアに行くようになり、そこで知り合った女性と意気投合して付き合うようになりました。お付き合いが始まったばかりのころ、彼女から「私のことを真剣に愛する気持ちがあるのなら、最初の三ヶ…

26歳のとき  ボランティアで知り合った女性とお付き合い

週に一度、重心障害児に対するドーマン法のリハビリプログラムの介助ボランティアに行っていました。そこでたまたま知り合った女性と意気投合し、仲良くなってお付き合いするようになったときの話を綴ります。以下、本題となります。当時は実家の自営業の仕…

25歳のとき ドーマン法リハビリプログラムの介助ボランティア

就職活動に挫折して自室に引きこもる生活を改善するため、寝る場所を洋室のベッドから和室に変更して布団を敷くようにしたり(布団の上げ下げだけでも軽いスクワット運動になるため)朝晩は必ず部屋の換気をして掃除機をかけることを心がけていました。実家の…

25歳のとき  ひきこもりから脱出するために実行した3つのこと

就職活動で挫折し、不採用が多く続いたことや心外なことを何回も言われていくうちに生きていく希望を見失ってしまったことで自室にひきこもるようになりました。些細なことがきっかけで幼いころから溜め続けてきた心の鬱憤が爆発し、父親に殴りかかって家で…

25歳のとき  ひきこもりが自分を取り返すために戦った

25歳になるまで今まで一度も両親に反抗したことが無かった自分。人生に一度や二度くらいは感情をむき出しにして狂乱状態になってでも、両親に反抗しなきゃいけない時期は必要だということ。それは小学生や中学生くらいの時期の方が良いような気がします。自…

25歳のとき  ひきこもりがトラウマ返しで親父に跳び蹴り

数年後、実家の自営業が廃業することになりました。人生で何回目なのか数え切れないくらいの就職活動をしていたときに、不採用が続いたり、面接先で心外なことを言われ続けたことで心が折れてしまい、生きる気力を失って自室にひきこもるようになってしまい…

25歳のとき  ひきこもるようになったきっかけは就職活動で精神的なダメージを受けたから

数年後、実家の自営業が廃業になることが決定しました。実家の仕事は祖父(代表取締役)が高齢のため病気で入退院を繰り返すようになったため、祖母(経理)、父親(専務)の二人で回すようになっていました。その中で自分は再び就職活動をすることになったのです…

自分の価値は誰が決めるのか

自分の価値って何なんだろう?誰が決めるんだろう?ここで言う価値とは、誰かが私を見て「こういうことなら仕事を出していい、お金を払ってもいい」と思っていただけるような能力や結果のことを意味しています。以前、働いていた会社で言われたのは「給料と…

ラオスでずっと暮らすなら死を意識しろ

ラオス滞在時の話です。年に一回は日本に一時帰国していました。常に死を意識しながら生活していたので、日本にいる家族に遺言を伝えることが目的でした。毎年、家族に伝えていた内容: たとえ自分が事故や事件に巻き込まれて死んでも文句は言わない。 いつ…

祖母の在宅介護で思うこと

母方の祖母と同居しています。認知症ということで以前は介護施設で暮らしていたのですが、毎月の経済的な負担に参ってしまったのと、本人が施設を嫌がり、家に戻りたいという強い希望を持っていたため同居することになりました。以前 結婚をして子供に恵まれ…

25歳のとき  廃業の決断

実家の自営業を手伝っていた頃、祖父(代表取締役)・祖母(経理)・父親(専務)が話し合って、ひとつの決断を下しました。それは、およそ30年に渡って営んできた仕事を廃業すること。自分が手伝ったのはほんの何年かですが、元軍人だった祖父が代表取締役として…

24歳のとき  ざまあみろと溜飲が下がった話

実家の自営業の仕事を手伝っていたとき、前職でお世話になった役員の方から一本の電話がかかってきたときのエピソードを綴ります。以下、本題となります。21歳のときに正社員として働いていた会社では、取締役部長が直接陣頭指揮を執る部署でテレビの電波障…

24歳のとき  同業他社との競争

実家の自営業を手伝っていたとき、同業他社が勢力を拡大してきて競争が激しくなってきたときの話を綴ります。以下、本題となります。祖父が代表取締役、祖母が経理、父親が専務、そして私わずか4名で日々の仕事を回していました。祖父が高齢だったことで、営…

24歳のとき  クレーン学校で各種技能講習を受けた

実家で自営業の仕事を手伝っていたとき、合間をぬってクレーン学校に通ってこのような技能講習を受けました。 高所作業車 フォークリフト 小型移動式クレーン 玉掛け そのときの話を綴ります。 以下、本題となります。独学で勉強した末、第一種電気工事士、…

24歳のとき  酒が飲めないとできない仕事だと知る

実家の自営業を手伝っていたころ、祖父や父親が仕事の付き合いと称して夜遅くまで酒を浴びるほど飲んでいた時期がありました。以下、本題となります。営業職の仕事というのは、注文をいただいて売り上げを伸ばすことが使命なのでそこに到達するには色々な努…

24歳のとき  電気工事士の試験勉強で心掛けたこと 2

この投稿は、実際に電気工事の現場に入っている方や、ある程度の下地があって試験勉強に取り組んでいる方々を対象に書いております。全くの未経験の状態で、とりあえず試験だけ受けてみようという方にはあまり理解されないのかも知れません。その点、予めご…

24歳のとき  電気工事士の試験勉強で心掛けたこと 1

実家の自営業の仕事を手伝っていたとき、得体の知れないもやもやとした気持ちが渦巻いていました。おそらく社会や他人の目線を気にするあまり、履歴書に書けるような学歴や資格が何も無かったことに対し劣等感や負い目を感じていたのだと思います。そういっ…

23歳のとき 実家の自営業を手伝うことになった 2 お金に対する心のブロックの原因

祖父が有限会社の代表取締役、祖母が経理、父親が専務という自営業の仕事を手伝うことになりました。基本的には卸売業のルートセールスとして顧客を訪問し、注文や納品が中心で自分の場合は、祖父や父親がド素人で施工してしまった電気配線の手直し等も含め…

23歳のとき 実家の自営業を手伝うことになった 2 養っていただいた仕事のルーツを知ったとき

電気工事に関する知識や経験があることから、専務をやっていた父親から電気配線のことで質問をされたことがきかっけで実家の自営業を手伝うことになりました。以下、本題となります。事業の内容は、メーカーから商品を仕入れて他に転売するような卸売業とい…

23歳のとき 実家の自営業を手伝うことになった 1 圧迫面接なんて詭弁だろ

就職活動をしていた時、珍しく父親から「どうしても分からない電気配線があるから見てくれ」と言われて実家の仕事を手伝うことになったときの経緯を綴ります。以下、本題となります。東京都内の駆け込み寺でお世話になってから2か月半が経った頃、 住職の教…

3.11 東北で震災が起きた時 ラオスで募金活動をした話

6年前の震災のとき、私はラオスで暮らしていました。当時、多くのラオス人たちが募金活動に協力してくれたことに対して改めて感謝したいということでこの記事を投稿します。翻訳者として、このくらいは現地語でも表現しておきたいなと考えたので、簡単に書い…

22歳のとき 東京都内の駆け込み寺 3 重心障害児との接点

2か月半ほどお世話になったお寺では、毎日の生活の中で色々な方との出会いがありました。先に結論を言うとお寺での生活の中で最も印象に残ったのは、不思議な能力を持った重心障害児のことです。それまでの人生では決して知ることのできなかった体験をさせて…

22歳のとき 東京都内の駆け込み寺 2 俗世間から離れてみた感想

およそ2か月半ほどお寺で暮らしてみた感想を綴ります。ここで書く内容はあくまで私個人の勝手な主観に基づくものです。その旨、ご了承いただければ幸いです。先に結論から言うと、ほんの一時期、お寺で暮らすならいいけど、一生涯暮らす場所ではない。人生の…

22歳のとき 東京都内の駆け込み寺 1

仕事が長続きしないことを父親から罵倒されていた頃、とても苦しい思いをしました。以前、スピリチュアルカウンセラーの方から名刺をいただいたことを思い出し、藁にもすがるような思いで連絡を取って俗世間から逃げるかのように東京都内にあるお寺に駆け込…

22歳のとき 学会員による猛烈な勧誘 3 数字は発言力

食いつなぎで始めた新聞配達のアルバイトで教育係だったご婦人の方から学会員になるように勧誘され、公私に渡って頻繁に連絡が来るようになり、しつこさが加速していってしまったので、会社に抗議した話を綴ります。以下、本題となります。朝刊配達の仕事は…

22歳のとき 学会員による猛烈な勧誘 2 おばさんパワーおそるべし

同級生から学会に勧誘されたときは、何とか時間切れで解放されてほっとしていたのですが、 新しく始めた新聞配達の仕事で、教育係をやってくれたご婦人と親しくなり、休日にお茶でも飲みに来なさいと呼ばれたのでご自宅にお邪魔したら、またしても学会員であ…

22歳のとき 学会員による猛烈な勧誘 1

幼稚園から始まり小学校、中学校卒業まで仲良くしていた同級生M君が創価大学に進学し、同窓会のときに連絡先を交換しあったことがきっかけで、帰省したときに「会って食事をしようよ」と約束したのがそもそもの始まりでした。先に申し上げておきますが、誰が…

心に繋がれた鎖をブッタ切るとき

心に繋がれた目に見えない鎖を引きちぎって次の人生に進もうと思います。具体的に言うと、面倒な人間関係を精算して自分の生きたい道をまっすぐ進んでいこうということです。 以下、本題になります。 普段から仲良くしている友達から離れようと考えています…

22歳のとき アムウェイを紹介されてブチ切れた

同じ職場の違う部署にいた方から急に電話がかかってきて「仕事を紹介してあげる」と言われ、家に行ったところアムウェイの勧誘を受けていると気付き、ブチ切れて帰宅したときのエピソードを綴ります。先に申し上げておきますが、アムウェイで扱っている商品…

21歳の時 テレビ電波障害対策工事の部署へ異動 3 てめぇなんかやめちまえバカヤロー

取締役部長が直接陣頭指揮を執る部署で、課長、事務員のお姉さん、自分の4人だけというメンバーで仕事を進めていました。仕事の指揮命令は課長の役割ではなく、全て部長が細かいことまで徹底的に部下を管理して指示を出し、どんなに些細なことでも必ず報告す…

21歳の時 テレビ電波障害対策工事の部署へ異動 2 異論や疑惑があっても黙っていろ

取締役部長が直接陣頭指揮を執っていた部署で働いていたときの話です。入社して建築現場で消防設備の設計、施工、現場管理を担う施工管理課にいたときからずっと疑問に思っていたのは、テレビの電波障害対策工事の部署にいるM課長と部長を見ると、癒着が強か…

21歳の時 テレビ電波障害対策工事の部署へ異動 1 スピリチュアルカウンセラーとの出会い

消防設備の設計、施工、現場管理の仕事を始めて1年が過ぎたとき、人事異動があってテレビの電波障害対策工事を扱う部署に変わりました。社員教育の一環としてスピリチュアルカウンセラーの方が会社まで来て講演会をしたときの出来事を綴ります。以下、本題と…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 7 テレビ電波障害対策工事の部署へ異動

建築現場に入って消防設備の設計・施工・現場管理をする仕事を始めて1年が経過したころ、いよいよこれからだというときに同じ会社内で別の部署に異動するよう辞令が出ました。情報通信課という部署でテレビの電波障害対策工事を扱う仕事をするよう命じられた…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 6 建築現場の理想と現実

ゼネコンから大手電気工事会社が受注した建築現場で消防設備の設計、施工、現場管理に関わる仕事をしていました。毎月140時間を超える残業・休日出勤が何カ月も続いたことで過労になり、体調を崩して入院し、医者から診断書が出て自宅で静養していた時期があ…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 5 親友と二度目の三角関係

ダイヤリング購入と引き換えに入会した結婚相談所では、男女に出会いを提供する場として色々なイベント、バーベキューなど企画されたので度々参加していました。そこで知り合った一人の女性の方と、親しくなってお付き合いしてみたいという気持ちが湧き上が…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 4 ねるとんパーティに参加したとき

仕事に追われて自宅⇔職場⇔建築現場を行き来するだけの毎日に疑問を感じていました。そこで、単調な毎日から抜け出して恋人が欲しいという一心で仕事の合間を狙っては、ねるとんパーティに出るなど、積極的に動き出したときの話を綴ります。以下、本題となり…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 3 係長によるパワハラと過労で緊急入院

一か月あたりの残業・休日出勤が140時間を超える仕事を何カ月も続けていた結果、過労で倒れて入院してしまったときのエピソードを綴ります。さっそく本題に入ります。当時、所属していた部署は施工管理課。事務所の中では営業課のメンバーも一緒に机を並べて…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 2 恋人が欲しくて結婚相談所!?

自宅⇔職場⇔建築現場の往復だけで時間が過ぎていくような単調な日々を繰り返していたとき、偶然、家のポストに無料の情報誌が投げ込まれたので、軽い気持ちで中身をパラパラとめくり、そこに結婚相談所の広告が掲載されていたことから、単調な日々に変化が現…

20歳の時 消防設備の会社で施工管理の仕事 1

社長とケンカ別れになり、勢いだけで電気工事業の会社を退職後、無職の期間は最短にとどめておくために就職活動。結果、一か月以内に新しい仕事にありつくことができました。消防設備、インターホン、ナースコール、情報通信設備を扱う会社に就職しました。…

(続) 電気工事業の会社を退職後  労働災害で死亡事故

「手に職を」と意気込んで、人生で初めて正社員として就職した電気工事業の会社。私は、そこの会社が作り上げた職人独特の価値観になじむことができず、結局は社長とケンカ別れになってしまい1年で退職しました。退職後、家族や友人からは「根性無し」「お…

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 5 反旗を翻す

しゃべらないことを強制される仕事をしていくうちに、うつ状態まで追い込まれ、心身共に大きなダメージを受けている中で反旗を翻すことを決めました。結果的には勤務先の社長と話しても埒が明かなかったので、短気を起こした勢いで「辞めてやらぁ」と口走っ…

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 4 ストレスとうつ状態

ストレスを抱えた経緯と、うつ状態に陥ったとき、どんな症状が出てきたのか、発散する方法すら知らなかったことを綴ります。仕事で抱えた悩みや不安、ストレスは仕事の中で挽回すべきで、他の手段ではそれらを解消することは難しいと考えており、肉体的な疲…

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 3 脚立が空を飛んで行った日

朝「おはようございます」を言った後、二言目は夕方「お疲れ様でした。お先に失礼します」と言うだけのろくなコミュニケーションや会話がないような、無口を貫いて仕事を続けていたある日に事件が起きました。遠く離れた場所に現場があるのと、近場で一件だ…

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 2 師匠と弟子の関係

周囲にいる職人は大人しい?寡黙?無口な人ばかりでしたので、基本的には、朝「おはようございます」を言ったら、二言目には夕方「お疲れ様でした。お先に失礼します」としか言わない日々を歩んでいました。一日で発する言葉が二つだけ。仕事でしゃべらない…

(続) 19歳のとき 電気工事業の会社に就職 1 若いというだけで何もさせてもらえない

時間の流れを簡単に説明すると・・・高校卒業後の4月、新聞販売店に就職↓ 同じ年の8月に退職↓同じ年の9月~翌年3月まで アルバイト↓3月から電気工事業の会社に就職アルバイトの傍ら、平日は職業安定所に通って仕事を探す生活を送っていました。正社員として…

お前を雇ってやる・お前に金を払ってやるという企業について

ラオス語の仕事だけでは安定した収入を得ることが難しいため、営業活動と並行して他の仕事も探している最中です。困っているのは、約束した日時を過ぎているのに企業側から何の音沙汰もないこと。忙しいことは分かっています。しつこく催促するのはどうかと…

(続) 19歳のとき アルバイトをしながら就職活動

通信制高校を卒業してすぐ正社員・各種保険完備ということで就職したはずの新聞販売店では、店主が私の健康保険証の手続きをしていなかったり、他の社会保険の手続きもせずに月給制のアルバイトという扱いで処理されていました。毎月の給料明細からは、各種…

(続) 高校卒業後 19歳のとき 新聞販売店という蟻地獄から抜けた後の話

通信制高校を卒業後、正社員・各種保険完備と大きく書かれた新聞販売店の求人広告を見て応募して、採用されたわけですが、パートさん達と経営者夫婦がお金のことで揉めていたり、自分自身もすぐに正社員・各種保険完備という話で就職したのに、実際は月給制…