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 肉が行って魚が来る  ຊີ້ນໄປ ປາມາ

ラオス語の文書を日本語に翻訳する仕事を承っております。ラオスに辿り着いて翻訳者になるまでの人生の軌跡も綴っています。

(続) 高校2年生のときの話 2 通信制の高校に転入・アルバイト

工業高校の電気科2年のとき、学校で暴力事件がありました。私は不良グループから一方的に殴られた被害者の立場ですが、事件をきっかけに、退学ではなく転校という手続きを経て通信制の高校に転入しました。双方の先生から合意を得た上で書類の手続きが進み、…

(続) 高校2年生のときの話 1 暴力事件

この記事は過去の自分から決別するため投稿します。 こんなことがあって、現在に至っていることを綴ります。 3,900文字くらいありますので、暇な方のみどうぞ。 工業高校の電気科に進学し、1年生のときは割と穏やかに時間が過ぎたのですが、 2年生に進学した…

(続) 工業高校の電気科に入学した話 やる気ゼロ

忌み嫌う父親から無理やり行かされた高校。入学式のときから、周囲を見て唖然としていました。ヤンキーばっかりじゃん、何だこれ Σ(´Д`lll)これはとんでもない場所に来てしまった・・・だから、工業高校なんて最初からイヤだったんだ・・・ 身体は学校に来…

(続) 中学3年生のときの話 2 人生が詰む前兆

心に抱えた問題を乗り越えて整理をつけるために、この記事を投稿します。同時に、私はこういう過程を経て今に至っていることを伝えたいのです。 以下、本題となります。中学3年になったと同時に「高校はどうする?」「将来は何になりたいのか?」ということ…

(続) 中学3年生のときの話 1 告白して振られたけど、しつこくしたら天罰が下ったんだ

中学3年になり、またクラス替えがあって新しい友達と出会いました。当時は「中二病」の真っ最中でした。このとき、同じクラスの女の子のことを一方的に好きになりました。告白をする前はとても仲良くしていたので、毎日、学校に行くのが楽しかった記憶があり…

(続) 中学2年生のときの話 心の中に居座る亡霊

心の中にずっと居座り続ける亡霊のような記憶を昇華させたくて、このような記事を投稿しています。 自分はこういう人間ですということを表現するためにも書いています。以下、本題となります。 中学1年のとき、担任の先生やクラスメイトに恵まれて楽しい日々…

(続) 中学1年生のときの話

小学校を卒業した後、地元の中学校に入学しました。近隣にある3つの小学校から生徒が集まってきました。同じ学年は40人×7クラスで280人くらいいたような記憶があります。中学1年のときの担任は教師になったばかりで当時25歳の男の先生が初めてクラスを受け…

(続) 小学校6年生から小学校卒業までの話

小学校時代の続きです。 小学校6年生のとある休み時間にサッカーをしていたとき、友達とぶつかってしまった拍子に左腕を骨折しました。小学校生活の中で2度目の骨折を経験。やはりギブスで固定されたりしましたが、右手小指を骨折したときよりは痛くなかっ…

(続) 小学校4年生から6年生までの話

昨日の続きです。 勉強、運動共に成績が悪くて、体格が小さくて鈍くてトロかったことから同級生からからかわれたり、家で父親から叱られる場面が多かったです。 ある日「お前と同じクラスの○○君は勉強も運動もすごくできて成績が良いのに、お前はなんでそん…

幼少時から小学校4年生までの話

少しずつ人生の軌跡を綴ることにしました。ラオス語の翻訳と何の関係があるの?と思う方がいるのかも。「私はこういう者です」と表現するために書きます。美辞麗句を並べて上辺を取り繕うだけならいくらでも書くことはできますが、現実の世界で知り合った方…